浜松ホトニクスデンマークNKTフォトニクスの子会社化と、レーザ・ファイバ光学領域への事業拡張
デンマーク政府が安全保障を理由に一度退けた買収を、浜松ホトニクスはなぜ1年余をかけて完遂したか
- 概要
- 2022年6月、浜松ホトニクスはベルギー子会社を通じてデンマークのレーザ・ファイバ光学メーカー、NKT Photonicsの全株式取得を発表した。当初は2023年3月末の完了を見込んでいたが、デンマーク政府が国家安全保障を理由に一度承認を却下し、再申請を経て2024年5月31日に買収を完了した。取得価額は約2億4,700万ユーロ(約420億円)となった。
- 背景
- 同社は光電子増倍管(PMT)で世界シェア9割を握るニッチトップで、半導体検査向け光センサや医療画像装置へ多角化を進めてきた。一方でレーザ・ファイバ光学は手薄で、量子・半導体・医用分野で高出力・狭線幅のレーザ需要が増すなか、自前開発を待たずに欧州の技術基盤を取り込む必要があった。
- 内容
- NKT Photonicsはフォトニック結晶ファイバー製造技術を持ち、スーパーコンティニューム光源(SuperK)、単一周波数ファイバーレーザ(Koheras)、超短パルスレーザなどの製品群を擁する。浜松ホトニクスの光検出器技術と組み合わせ、量子コンピュータ・3次元計測・ハイパースペクトルイメージングでの提案を狙った。
- 含意
- 買収完了はコロナ特需の剥落で業績が減速する時期と重なった。FY24(2024年9月期)は売上2,040億円・営業利益321億円と前期比で営業利益が約43%減り、420億円の投資が収益へ表れるのはその先に持ち越された。光技術が安全保障規制の対象となる時代に、クロスボーダー買収の難度も示した案件となった。
買った技術を柱にできるか
この買収を単なる多角化の一手とみるのは、事の性格を捉えそこねる。浜松ホトニクスはPMTで世界シェア9割という強みを持つ一方、その強さが光を検出する技術に偏ることでもあった。NKT PhotonicsのSuperKやKoherasを取り込む選択は、光を発する側の技術基盤を欧州ごと手に入れ、検出と発光を一社で揃える構えを取るものであった。約420億円という額は、その空白を自前で埋める時間を金で買った代償だとみられる。
もっとも、買った技術が柱に育つかどうかは、この時点ではまだ答えが出ていない。デンマーク政府に一度却下され、完了までに1年2カ月を要した経過は、光技術が安全保障の対象となる時代のクロスボーダー買収の重さを示していた。完了はコロナ特需の剥落で営業利益が約43%減る時期と重なり、投資が収益に表れるのはその先に持ち越された。買収の巧拙は買った時点ではなく、異なる技術と組織をどう束ねていくかで測られるといえる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
PMT独占の先に残った空白
浜松ホトニクスは光電子増倍管(PMT)で世界シェア9割を握る独占的なニッチトップとして知られる。電子管メーカーの浜松テレビとして出発し、半導体検査向けの光センサや医療画像装置へと製品群を広げ、光を測る技術では世界の研究機関や装置メーカーが頼る位置を占めてきた。ただ、その品ぞろえは光を「検出する」側に偏っており、光を「発する」レーザ・ファイバ光学の領域は手薄なままであった[1]。
空白が課題として重みを増したのは、レーザの用途が広がっていた時期と重なったからである。量子コンピュータでは波長安定性が高く低ノイズの高出力狭線幅レーザが要り、半導体の3次元実装では高精度な3次元計測が求められた。医用のハイパースペクトルイメージングも同様で、検出器だけでは応えきれない引き合いが増えていた。自前でレーザ技術を育てるには時間がかかり、既にある技術基盤を取り込む道が現実味を帯びていた[2]。
決断
フォトニック結晶ファイバーを持つ相手を選ぶ
2022年6月、浜松ホトニクスはベルギー子会社ホトニクス・マネージメント・ヨーロッパを通じ、デンマークのNKT Photonicsの全株式を約2億500万ユーロで取得すると発表した。NKT Photonicsはフォトニック結晶ファイバーの製造技術を持ち、スーパーコンティニューム光源のSuperK、単一周波数ファイバーレーザのKoheras、超短パルスレーザといった製品群を擁する、レーザ・ファイバ光学の専業メーカーであった[3][4]。
狙いは製品の足し算にとどまらなかった。NKT Photonicsのレーザと自社の光検出器を組み合わせれば、化合物半導体の技術を応用したイメージセンサやカメラと束ねた提案ができる。量子コンピュータ・半導体計測・医用イメージングという伸びる市場で、光を発する側と測る側を一社で揃える構えであった。欧州に研究開発の拠点を得る意味も大きく、検出技術に偏った事業構成を面で広げる布石であったとみられる[5]。
結果
安全保障の壁と1年2カ月の遅れ
買収は当初のもくろみ通りには進まなかった。2023年3月末に取得を終える予定であったが、デンマーク政府は同年5月、国家安全保障を理由に株式取得を承認しないと決めた。浜松ホトニクスは2023年7月に改めて申請し直し、2024年5月にデンマーク商務庁の承認をようやく得た。同月31日に買収を完了し、当初の予定からは1年2カ月遅れとなった。光技術が対内投資規制の対象となる時代を映す経過であった[6][7]。
遅れの間に取得価額は膨らんだ。有利子負債の増加と円安が重なり、最終的な取得額は約2億4,700万ユーロ・約420億円と、当初発表時の約2億500万ユーロ・約295億円から2割ほど上振れた。買収完了はコロナ特需の剥落と重なり、FY24の売上は2,040億円・営業利益321億円と前期から営業利益が約43%減る時期であった。レーザ事業を柱の一つに育てる作業は、この投資の後に始まった[8][9]。