決断
1974年9月期に62億3,900万円の売上高を上げた同社は、同年秋、翌期に過去最悪の減益を迎える見通しとなった。原材料費の上昇と円高が重なったためで、残す商品を為替への強さで選び直すことにした。線引きは、円高にどこまで持ちこたえられるかの一点だった。1ドル300円前後の相場のもとで、1ドル250〜260円で採算割れする品目を整理の候補とした。ハロゲンランプは3,000種が2,000種に、クセノンランプは500種が300種に絞られた。全社の品目の3分の1が姿を消し、受け持っていた社員の3分の1は新規商品の事業化に移された。そのうえで1975年2月にソーラシミュレーター、同年3月に紫外線瞬間乾燥照射装置を発売し、光源メーカーから光学装置メーカーへの転身を形にした。