牛尾治朗
ウシオ電機・元設立、代表取締役社長
社長就任までの出自
社長に選ばれた経緯
抜擢
1964年3月、ウシオ工業の電球部門が分離独立し、資本金1,250万円でウシオ電機が発足した。牛尾治朗氏は設立と同時に代表取締役社長へ就任した。分離前の5年間に電機事業部を率いた責任者が、そのまま新会社の社長になった。分離までは一般照明用電球の製造販売が中心だったが、価格競争の激しい家庭用電球を見限り、設立を機にクセノンランプとハロゲンランプの製造を本格化した。発足時の社員の平均年齢は23歳で、独立は不況下に重なった。
在任中の主な施策
施策
映写機用クセノンランプと複写機用ハロゲンランプで伸ばし、1970年5月に東京証券取引所市場第2部へ上場した。1974年9月期に売上高62億3,900万円へ達した直後、円高と原材料費の高騰で翌期の大減益を見込んだ。耐えられる円レートを基準に商品を選び直し、ハロゲンランプを3,000種から2,000種へ、クセノンランプを500種から300種へ絞り、全社の商品の3分の1を捨てた。社員の3分の1を新商品の事業化へ移し、1975年2月にソーラシミュレーターを出した。
在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1931〜2002年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 3件
- 証券アナリストジャーナル 1972年1月号「ウシオ電機 光の技術で企業を結ぶ」(牛尾治朗 社長・講演要旨)
- 証券 1970年5月号「新規上場会社紹介(第二部・電気機器)ウシオ電機株式会社」
- ウシオ電機 有価証券報告書【役員の状況】