島津製作所日水製薬の公開買付けによる取得と体外診断薬・臨床検査領域への参入

分析計測機器の会社が、なぜ検体を扱う試薬と培地の会社を丸ごと手元に置いたか

時期 2022年5月
意思決定者(推定) 上田輝久・山本靖則(社長)へ承継 社長
論点 計測技術の出口としての臨床検査領域への参入
概要
2022年5月31日、島津製作所は臨床診断薬メーカーの日水製薬に対する公開買付けの実施を発表した。買付価格は1株1,714円で、前日終値990円に73.13%のプレミアムを乗せた。市場からの取得と親会社・日本水産保有株の買い取りを組み合わせ、同年11月に日水製薬を完全子会社とし、体外診断薬・臨床検査領域へ参入した。
背景
島津は分析計測機器を連結売上のおよそ6割を占める主軸とし、医用機器ではX線診断装置を手がけていたが、体外診断薬や臨床検査そのものの事業基盤は持っていなかった。日水製薬とは2015年に臨床検査事業で業務提携を結んでおり、計測技術を臨床市場へ広げる相手として関係を積み重ねていた。
内容
日本水産が保有する54.06%を除く45.94%を市場での公開買付けで取得し、買付代金は最大約176億円を見込んだ。日本水産の保有株は、日水製薬自身による自己株式の取得(1株1,662円)で買い取る二段構えとした。取得後、商号を島津ダイアグノスティクスへ改めた。
含意
質量分析計やPCR装置に日水製薬の試薬・培地を組み合わせ、臨床検査向けのソリューションとして一体で売る狙いであった。装置を売って終わる関係を、試薬と培地まで含めて検査の現場に食い込む関係へ組み替える一手で、計測を主軸としてきた事業構成に臨床検査という接地面が加わった。
筆者の見解

隣接という言葉の距離

この買収を、分析機器メーカーによる医薬品事業への飛び地進出と読むのは、事の性格を取り違える。島津が取りに行ったのは医薬品そのものではなく、自社の質量分析計やPCR装置が測る対象——すなわち検体と、そこに使う試薬・培地であった。装置を売って終わる関係を、試薬と培地まで含めて臨床検査の現場に食い込む関係へ組み替える。2015年の業務提携から7年をかけて相手を見極めたうえでの資本取得であり、計測技術の出口を診断へ広げる一手であったとみることができる。

もっとも、隣接して見える領域が、そのまま利益に直結するとは限らない。体外診断薬や臨床検査は規制と価格競争が厳しく、既存の検査試薬メーカーが根を張る市場でもある。前日終値に7割超を乗せた1,714円という買付価格は、相手の将来価値をあらかじめ高く見積もった数字でもあった。分析計測で積み上げた技術が臨床の現場でどれだけの収益に変わるかは、島津ダイアグノスティクスがこの先どこまで検査事業を太らせられるかにかかっているとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

計測を主軸とする会社に無かった領域

島津製作所は、ガスクロマトグラフや液体クロマトグラフ、質量分析計といった分析計測機器を主軸とし、連結売上のおよそ6割をこの計測機器事業が占めていた。もう一つの柱である医用機器も、X線診断装置など画像診断の領域が中心であった。2022年3月期の連結売上高は4,282億円、営業利益は638億円で、いずれも過去最高を更新していた。ただ、検体を扱う体外診断薬や臨床検査そのものの領域には、同社は事業の基盤を持っていなかった[1][2]

分析計測で培った測定技術は、医薬品開発や食品の安全管理に加え、病気の診断を支える臨床検査とも地続きにあった。質量分析計やPCR装置は、感染症や代謝の検査で使われる基盤機器でもある。装置を売るだけでなく、検査に不可欠な試薬や培地までを自ら手がければ、計測技術を臨床検査という広い市場へ接続できる。島津はこの隣接領域に、次の成長の余地を見ていた[3]

相手としての日水製薬

相手に選んだ日水製薬は、1935年創業の臨床診断薬メーカーで、微生物検査用の培地や、食品・医薬品の製造に使う産業試薬を手がけていた。資本金は約44億5,000万円、従業員は235名(2022年3月末)で、水産大手の日本水産(現ニッスイ)の傘下にある上場子会社であった。島津とは2015年に臨床検査事業で業務提携を結んでおり、両社の関係はこの資本取得の7年前から始まっていた[4][5]

日水製薬は東証に上場する一方で、株式の過半を日本水産が握る親子上場の状態にあった。日本水産にとって医薬品は水産・食品と離れた事業であり、島津にとっては臨床検査への足がかりとなる。買い手と売り手、そして市場の少数株主という三者の思惑が重なる案件で、島津は市場での公開買付けと、親会社が持つ株式の買い取りとを組み合わせる道をとった[6]

決断

二段構えで組んだ完全子会社化

2022年5月31日、島津製作所は日水製薬に対する公開買付けの実施を発表した。買付価格は1株あたり1,714円で、前日30日の終値990円に73.13%のプレミアムを乗せた水準であった。市場に流通する株式のうち、日本水産が保有する54.06%を除いた45.94%の取得をめざし、この公開買付けに投じる買付代金は最大でおよそ176億円を見込んだ[7][8]

取得は二段構えで組まれた。市場からの公開買付けと並行して、親会社である日本水産が持つ全株式は、日水製薬自身による自己株式の取得で買い取る形をとった。市場の少数株主にはより高い1,714円を、親会社には1,662円を充てる価格差を設けたうえで、最終的に発行済み株式のすべてを島津の手元へ集める設計であった[9]

装置と試薬・培地を束ねる狙い

買収の狙いは、分析計測機器と、日水製薬が持つ培地・試薬とを組み合わせることに置かれた。液体クロマトグラフ質量分析計やPCR装置といった島津の製品に、日水製薬の試薬を掛け合わせれば、臨床検査向けのソリューションとして一体で提供できる。日水製薬が培ってきた抗体や細胞培養の技術も、新しい試薬や検査手法を生む土台になるとみていた[10]

もう一つの柱は、日水製薬が国内で強みを持つ微生物検査用培地であった。島津の海外販売網に乗せてこの培地を世界へ広げ、島津の細胞検査装置と組み合わせて培地関連の事業を新たに育てる構想も描かれた。感染症検査や微生物同定の領域で、装置・試薬・培地を束ねて売るクロスセルによって、単体では届かなかった臨床市場へ踏み込む狙いがあった[11]

結果

完全子会社化と、その後の位置づけ

公開買付けは2022年7月28日に終了し、島津は同年9月に日水製薬を子会社とした。その後、11月15日付の株式併合によって少数株主の株式を整理し、日水製薬を完全子会社とした。翌2023年4月1日には商号を島津ダイアグノスティクス株式会社へ改め、体外診断薬・臨床検査を島津グループの一事業として明確に位置づけた[12][13]

取得後、島津は臨床検査をヘルスケア領域の一角に据えた。2023年度から始めた中期経営計画では、ヘルスケアを4つの社会価値創生領域の一つに掲げ、診断・検査を成長分野に据えている。連結売上高は2025年3月期に5,390億円へ伸び、計測を主軸としてきた事業構成に、臨床検査という新たな接地面が加わった[14][15]

出典・参考

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