芝浦電子への友好的TOB(ホワイトナイト)と、台湾ヤゲオとの争奪戦

温度センサーの雄を「相合」の版図に加えるか、価格の壁の前で退くか——同意なき買収への対抗をめぐって

更新:

時期 2025年4月
意思決定者 貝沼由久 会長CEO
論点 コア事業の拡張と買収規律
概要
ミネベアミツミは2025年、温度センサー大手の芝浦電子に友好的TOBを表明し、同意なき買収を仕掛けた台湾のヤゲオ(国巨)にホワイトナイトとして対抗した。価格引き上げ合戦の末、応募が下限に届かず不成立に終わった。
背景
同社はベアリング・半導体・モーター・アクセス製品を「相合(そうごう)」経営で束ね、差別化の効くコア事業を買収で積み増してきた。温度センサーは、その版図に欠けた領域であった。
内容
2025年4月10日に1株4,500円・総額約675億円でTOBを表明し、その後2度の引き上げで8月に6,200円・約930億円まで積んだ。ヤゲオは7,130円を提示し、ミネベアは9月に撤退した。
含意
「高値づかみはしない」という買収規律を守って退いた判断であった。日本の技術を守るという名分と、採算を崩さない価格判断とが、同じ争奪戦のなかで逆を向いた。
筆者の見解

技術を守る名分と、崩さなかった規律

この判断の中心にあったのは、コア事業をもう一本増やすという相合経営の論理と、「高値づかみをしない」という買収規律との緊張であった。温度センサーは版図に欠けた領域であり、名乗りを上げる動機は十分にあった。ただ、同意なき買収への対抗は価格の吊り上げを招きやすく、規律を守れば守るほど、競り勝つ確率は下がっていく。技術を守る名分と、採算を守る規律とが、同じ争奪戦のなかで逆を向いた点に、この決断の難しさがうかがえる。

結果だけを見れば、ミネベアミツミは芝浦電子を得られなかった。もっとも、規律を崩さずに退いたことを敗北と切り捨ててよいのかは、なお定まらない。かつて自らも敵対的買収を仕掛け、逆に買収の標的にもなった同社にとって、今回の争奪戦は「買う側」の作法を問い直す場でもあった。日本の技術をどう守るのか、その名分を掲げた企業が価格の壁の前で退いたとき、経済安全保障と市場原理のどちらが優先されるのか——芝浦電子の行方は、その問いを残したとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

「相合」経営で積み上げたコア事業

ミネベアミツミは、極小ベアリングを源流とする精密部品メーカーから、2016年のミツミ電機との経営統合を機に電子部品・半導体へ事業領域を広げてきた。異なる製品や技術を掛け合わせて新たな価値を生む「相合(そうごう)」経営を掲げ、買収で得た事業を自社の量産技術と結びつけて育てる手法をとってきた。同社は差別化が効いて高い利益率を保てる事業を「槍」と呼び、ベアリング・半導体・モーター・アクセス製品を「4本槍」と位置づけていた[1]

貝沼由久会長は、これから集中すべき事業について、成長が見込め、なおかつ他社との差別化ができる領域をどれだけ増やせるかが要点になると語っていた。その文脈で会長自身が名を挙げた候補の一つが、温度センサーを手がける芝浦電子であった。コア事業を一つずつ積み増す戦略のなかに、欠けた領域を埋める発想が既に置かれていたことがうかがえる[2]

ヤゲオの同意なき買収という発端

芝浦電子は、自動車や家電の温度制御に使う温度センサーで高い世界シェアを持つ専業メーカーであった。この会社に対し、2025年、台湾の電子部品大手ヤゲオ(国巨)が芝浦電子側の同意を得ないまま買収を提案し、当初4,300円の買付価格で株式公開買い付けに動いた。同意なき買収提案に、日本の技術系メーカーが海外資本に取り込まれかねないという警戒が重なった[3]

ミネベアミツミはここでホワイトナイトとして名乗りを上げた。貝沼会長は共同記者会見で「日本の優れた技術を守る」と述べ、芝浦電子の技術を国内にとどめる意義を強調した。買収の巧拙を競ってきた同社にとって、争奪戦への参入は相合経営の版図拡大と、経済安全保障をめぐる名分とが重なる選択であった[4]

決断

友好的TOBという対抗策

2025年4月10日、ミネベアミツミは芝浦電子への友好的TOBを表明した。買付価格は1株4,500円、総額はおよそ675億円で、ヤゲオの当初提示を上回る水準に置いた。買い付けは4月23日に始まり、芝浦電子の経営陣の賛同を得た友好的な買収として、同意なき買収に対抗する構図が整った[5]

ねらいは相合経営による事業拡張にあった。温度センサーは、車載やデータセンター向けに需要が広がる領域で、ミネベアのベアリングや半導体、モーターと組み合わせれば新たな用途を開ける。会長が会見で掲げた「日本の技術を守る」という名分の内側には、コア事業をもう一本増やすという事業戦略上の計算が置かれていた[6]

価格引き上げ合戦と「高値づかみしない」規律

名乗りを上げた後、両社の提示価格は段階的に競り上がった。ミネベアミツミは5月に5,500円へ引き上げ、さらに8月14日には6,200円へと2度目の引き上げに踏み切り、ヤゲオの提示額と同額に並べた。この水準では買収総額は約930億円に膨らみ、同社の過去の買収案件のなかでも最大規模となる見込みであった[7]

もっとも、ミネベアミツミには「高値づかみは絶対にしない」という長年の買収規律があった。貝沼会長は価格の引き上げを前向きに検討しつつ、採算の取れる範囲を超えて競り上げには応じない立場をにじませていた。争奪戦は、技術を守る名分と、規律を崩さない価格判断との間で綱を引く展開になっていった[8]

結果

応募下限に届かず撤退

決着は価格の差でついた。ヤゲオが外為法に基づく審査の承認を得て買付価格を7,130円へ引き上げると、6,200円にとどまるミネベアミツミの提示は見劣りした。2025年9月11日、同社のTOBは成立の下限とした議決権比率50.01%に応募が届かず、不成立に終わった。ミネベアミツミは期限を延長せず、争奪戦から退いた[9]

芝浦電子は最終的にヤゲオの傘下に入った。ヤゲオは10月に約1,100億円で買収を完了し、7カ月に及んだ外為法審査と価格引き上げ合戦を制した。ミネベアミツミの参入は、結果として芝浦電子の株主が受け取る価格を4,300円から7,130円まで押し上げる役割を果たした[10]

出典・参考