決断
規格を囲わずに配り、味方の数で標準を取った会社である。1956年から20年赤字を出し続けたVTRの開発を打ち切らず、1976年10月にVHSの第1号機を25万6,000円で売り出した。先行するソニーのベータマックスに対しては、規格をライセンスとして他社へ開き陣営を拡大した。その結果、1984年に東京芝浦電気がベータから転向し、1988年1月にはソニー自身がVHSへの参入を表明して、12年続いた規格の争いは終わった。並行して1985年3月期にはビデオ部門が売上の68%を占める最大の収益源に育った。
2007年7月 ケンウッドと経営統合
売上高と当期純損益率2007 2008 2009 売上高(億円) 7,427 6,584 4,621 当期純損益率(%) -1.1 -7.2 -5.3 1993年3月 無配転落を受けたリストラ
無配転落を受けたリストラVHSの世界標準化がもたらしたVTR偏重・開発技術志向の体質が、価格下落と円高のなかで赤字を生み、上場以来初の無配へ至った。成功体験から脱するための大規模なリストラと、社長直属「新風事業」による個性派開発への転換同じ経営論点に直面した企業 | 構造改革・リストラ業績の推移1992 1993 1998 売上高(億円) 8,386 7,688 9,163 純利益率(%) 0.2 -5.6 -0.5 1976年9月 VHS開発で世界標準に
VHS開発で世界標準にオーディオ市場の頭打ちに直面した音響の名門が、独自開発した家庭用VTR規格VHSを親会社・松下電器を含む他社へ供与し、仲間を増やして事実上の標準を確立した技術主導の転身同じ経営論点に直面した企業 | 新規事業・多角化業績の推移1975 1976 1981 売上高(億円) 1,066 1,104 4,322 純利益率(%) 1.1 0.9 4.3 1927年9月 米ビクター日本法人として創業