重要な意思決定
19873月

S-VHSを発売

背景

VHS標準化後の価格下落と円高による収益悪化

VHS規格は家庭用ビデオの事実上の標準となり、日本ビクターは規格主導企業として市場に大きな影響力を持っていた。しかし1980年代半ばにかけて円高が進行し、韓国メーカーが低価格機種を北米市場に投入したことで、VTRの価格競争は急速に激化した。標準機の単価は下落を続け、販売数量を伸ばしても収益が伴わない構造が強まっていった。

日本ビクターの輸出比率は高く、VTR事業は売上の過半を占める中核事業であったため、為替変動と単価下落の影響は業績を直撃した。市場シェアを維持しても利益率は低下し、減益基調が定着した。規格を握ることと利益を確保することが一致しない局面に入り、付加価値の向上による収益構造の転換が求められていた。

決断

高画質規格S-VHSの投入で価格下落に歯止めを図る

1987年3月、日本ビクターは高画質規格「S-VHS」対応機種を発売した。従来のVHSとの互換性を維持しつつ解像度を向上させた上位モデルを投入し、価格帯の引き上げによって単価下落に歯止めをかける狙いであった。低価格競争から距離を取り、技術力を武器に高付加価値市場を形成しようとした。

北米市場を主戦場として輸出を軸に販売拡大を図り、既存VHSユーザーの買い替え需要を喚起する設計であった。規格主導企業としての立場を活かし、規格そのものを進化させることで収益構造を立て直す試みであった。ベータマックスとの規格競争に代わり、自陣営内での世代交代を促す戦略であった。

結果

規格進化では収益悪化を止められず市場そのものが縮小へ

S-VHSは画質面での優位性を示し技術的な評価を得たが、市場全体の価格下落傾向を反転させるには至らなかった。上位機種の販売は一定の存在感を持ったものの、標準機の収益悪化を補う規模には達せず、減収基調に歯止めはかからなかった。

さらに、DVDなど次世代メディアの台頭によってアナログVTR市場そのものの成長余地が縮小しつつあった。VHS規格を主導し市場標準を握った企業でありながら、利益の確保では苦戦するという構図が鮮明になった。規格の支配と収益の確保は必ずしも一致しないという現実は、日本ビクターがVHS以後の事業の柱を見出せないまま長期低迷に入る伏線となった。