重要な意思決定
1976

松下電器がVHSの規格採用

背景

オーディオ市場の頭打ちとビデオ規格競争の勃発

1970年代、オーディオ機器市場の競争は激化し、各社は次の成長領域として映像分野のビデオに注目していた。家庭用ビデオは録画・再生の技術難易度が高く、規格の違いが製品の互換性に直結するため、技術開発と標準化が同時に問われる領域であった。1975年にソニーがベータマックス方式を提唱し、規格競争の火種が生まれた。

日本ビクターもオーディオ市場の頭打ちを背景に、ビデオを次の事業の柱として開発を進めていた。1976年3月期の売上高は1104億円、当期純利益は10億円であり、事業規模に対して利益率は低く、次の成長の足場をどこに置くかが経営課題であった。ベータマックスの先行に対して、日本ビクターは独自規格で対抗する道を選ぶ。

決断

VHS規格を提唱し松下電器の採用を獲得

1976年、日本ビクターはVHS方式を提唱した。ソニーのベータマックスが技術的完成度で注目される中、松下電器はベータマックスの採用を見送り、VHS規格の採用を決定した。規格の主導権と量産・供給体制を自社陣営の判断で構築できるかどうかが、松下の採否の焦点であったと推察される。親会社である松下の量産力と販売網がVHS陣営に加わったことで、規格競争は技術の優劣から陣営形成と供給能力の競争へと性質を変えた。

海外展開においても、日本ビクターはゼニス(米)、トムソン(仏)、テレフンケン(独)、ソーン(英)といった大手電機メーカーにOEMでVHSを供給し、グローバルでの規格標準化を推し進めた。自社の製造販売にとどまらず、ライセンスとOEM供給を通じて陣営全体を拡大する戦略を採った。

結果

規格の標準化がビクターの業容拡大の基盤となる

松下電器の採用を起点に、VHS対応メーカーの裾野は急速に広がった。製品の互換性がユーザーの安心感と流通側の在庫効率を高め、対応機器の増加がさらなる普及を後押しするという好循環が形成された。1988年にはソニーがVHSの併売を開始し、規格競争は事実上の決着を迎えた。

VHSの普及に伴い、日本ビクターの売上高は1985年3月期に7000億円を突破した。単体の製品販売だけでなく、ライセンス収入やOEM供給が収益機会を拡大し、規格を軸にした事業の組み立てが同社の業容拡大を支えた。ただし、この成長はVHSという単一規格への依存度を高めることでもあり、VHS市場の成熟後に次の柱を見出せるかが将来の課題として残された。