重要な意思決定
200810月

JVCケンウッドと経営統合

背景

VHS市場の消滅と連続赤字による単独経営の限界

1990年代以降、日本ビクターはVHSの市場縮小と円高ドル安の影響を受け、収益構造が悪化した。DVDの急速な普及により磁気テープ規格の優位性は失われ、アナログからデジタルへの転換はVTR市場そのものの前提を変えた。VHS規格の主導企業であったことが、かえってデジタル時代への移行を遅らせる要因となった。

2000年代に入ると液晶テレビとDVDレコーダーが同時に普及し、家庭内映像機器の中心は完全にデジタルへ移行した。2008年3月期の連結売上高は6584億円であったが、当期純損失は475億円に達した。VHS以後の事業の柱を見出せないまま、単独での事業再建は現実的な選択肢と言い難い状況に追い込まれていた。

決断

ケンウッドとの経営統合による持株会社体制への移行

2008年10月、日本ビクターはケンウッドとの経営統合を決断した。両社は株式移転により共同持株会社「JVC・ケンウッド・ホールディングス株式会社」を設立し、東京証券取引所市場第一部に上場した。統合に先立ち、2007年に合弁会社J&Kテクノロジーズを設立してカーエレクトロニクス分野での共同開発を開始しており、段階的に統合の地ならしを進めていた。

統合後はJ&Kテクノロジーズに開発・設計・調達・生産機能を集約し、約6000人規模の事業会社として再編した。松下電器は日本ビクターの過半株式を保有しながらも自主独立を尊重してきたが、グループ内での再建を断念し、外部企業との統合という選択に至った。親会社による救済ではなく、対等な経営統合というスキームが採られた。

結果

独立企業としての日本ビクターの消滅

日本ビクターは世界初のブラウン管テレビの開発やVHS規格の確立で知られ、映像・音響分野で独自の存在感を持つ名門企業であった。ケンウッドも「トリオ」ブランドを擁した音響メーカーであり、いずれも高度成長期に専業メーカーとして地位を築いた企業であった。しかし、デジタル化の進展は両社の専業モデルの前提を根底から揺るがした。

持株会社のもとで名門ブランドは再編され、日本ビクターは独立企業としての歴史に幕を閉じた。VHS規格で世界標準を握った企業が、その規格の消滅とともに独立性を失うという経緯は、規格主導企業の栄枯盛衰を象徴する事例となった。規格の標準化で市場を制覇した時期こそが事業の頂点であり、規格が陳腐化した後の構造転換に対応できなかったことが、日本ビクターの命運を分けた。