参天製薬米メルクの眼科用医薬品事業の譲受と、抗リウマチ薬事業の承継

眼科だけで世界と戦うために、何を買い、何を手放すか

時期 2014年5月
意思決定者(推定) 黒川明 社長兼CEO
論点 事業ポートフォリオと海外展開
概要
2014年5月13日に米メルクと契約し、日本・欧州・アジア太平洋地域の眼科用医薬品と関連権利の一式を約600百万米ドルで譲り受け、翌2015年8月には抗リウマチ薬事業をあゆみ製薬へ450億円で承継した一連の判断。
背景
2010年に定めた長期ビジョン「Vision 2020」は売上高2000億円を掲げたが、2014年3月期の売上収益は1462億円で、事業の中心は日本にあった。医薬品業界では弱い事業を手放して強い分野を補強するM&Aが増えていた。
内容
譲受の対象はドルゾラミド塩酸塩・チモロールマレイン酸塩・タフルプロストなど緑内障・高眼圧症治療剤と関連権利で、2014年7月に譲受けを完了した。同年中にイタリア・スイス・英国・スペイン・タイ・フィリピン・マレーシアへ相次いで法人を設立し、2015年8月3日の吸収分割で抗リウマチ薬事業を切り離した。
含意
2016年3月期の売上収益は1952億円(前期比20.7%増)、営業利益は801億円(同126.7%増)。譲受にかかる支払対価608億円に対し、2017年3月末までの累計営業利益は439億円に達した。Vision 2020の2000億円は3年前倒しの2017年度に達成した。
筆者の見解

売れている薬を買うということ

2014年の譲受と2015年の承継は、方向が逆に見えて一つの選択の表と裏にあたる。買ったのは緑内障・高眼圧症治療剤という眼科の中核と、それを各国で売るための法人であった。手放したのは1987年から28年間続けた抗リウマチ薬事業で、対価の450億円はそのまま眼科への投資余力になった。2年のあいだに参天製薬は、眼科以外の売上をゼロにし、眼科の売上を欧州とアジアへ広げている。買う判断と売る判断は別々の稟議を通ったはずだが、外から見れば同じ一つの線の上に並んでいる。

この取引が速く効いたのは、買ったものが既に売れている薬と、それを売る許可だったからと考えられる。承認の移管が終わるまでの利益の一部まで契約で取り込み、2年9カ月で支払対価608億円の7割を営業利益で取り戻した。同じ会社が米国で試みたのは、これから売れるはずの開発品と新しい販売基盤を買う型で、そちらは2022年度の減損と2023年の米州コマーシャル事業からの撤退に終わっている。買収の巧拙は、金額よりも「何を買ったか」に表れている。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

2000億円まで500億円の距離

2010年、参天製薬は2011年度から2020年度を対象とする長期ビジョン「Vision 2020」を定めた。当時の売上高は約1100億円で、事業の中心は日本にあり、海外の基盤は限られていた。ビジョンは「世界で存在感のあるスペシャリティ・カンパニー」を掲げ、売上高2000億円を目標に据えている。谷内樹生氏(2020年当時の社長兼CEO)は後に、2010年当時のこの会社はほぼ日本を中心とした点眼薬メーカーで、海外の基盤は非常に脆弱で限られていたと振り返った[1][2]

目標との距離は縮まらなかった。2014年3月期の連結売上収益は1462億6000万円で、2000億円までなお500億円以上あった。国内では2年に1回の薬価改定に加え、政府が後発薬の利用を強く促し、長期収載品の売上が削られていた。医療用眼科薬の国内シェアを4割握っていても、国内の伸びだけで残りの500億円を埋める見込みは立たなかった[3][4]

買う側に回るか、買われる側になるか

海外の足場は自前で積み上げてきた。1997年にフィンランドで生産・販売拠点を確保し、2001年から2002年にかけて米国に買収と持株会社を重ね、2005年に中国・蘇州へ現地法人を設けた。2011年10月にはフランスの眼科医薬品会社Novagali Pharma S.A.を買収している。2014年時点で医療用眼科薬の国内シェアは4割、取締役5人のうち3人が社外取締役で、外国人持株比率は45%に達していた[5][6]

同じころ、医薬品業界では大型の再編が続いていた。2014年には後発薬大手の米アクタビスが米アラガンを約7兆6000億円で買収し、スイスのノバルティスは英グラクソ・スミスクラインから抗がん剤事業を買う一方でワクチン事業を売っている。弱い事業を手放して強い分野を補強する取引が増え、眼科用医薬品に強い参天製薬もまた、海外企業から買収対象として魅力的に映るかもしれないと同時代の誌面には書かれた。買う側に回らなければ、買われる側になりうる位置にいた[7]

決断

約600百万米ドルで買った製品と権利

2014年5月13日、参天製薬は米メルクとの契約を結んだ。対象は日本・欧州・アジア太平洋地域における眼科用医薬品と、これらの製品に関連した権利等の一式である。品目はドルゾラミド塩酸塩、チモロールマレイン酸塩、両者の配合剤、チモロールマレイン酸塩持続性製剤、タフルプロスト、タフルプロストとチモロールマレイン酸塩の配合剤で、いずれも緑内障・高眼圧症治療剤にあたる。譲受価額は約600百万米ドルに、販売マイルストンに基づく支払を加えた条件であった[8][9]

買ったのは会社ではなく、既に各国で売れている薬とそれを売る権利であった。承認の移管は2014年12月から順に進み、移管が済んだ国から参天製薬の製品として販売を始めている。手続きが完了するまでの間、メルク側に生じた利益の一部が契約に基づいて参天製薬へ還元され、2016年3月期にはこの収入が42億7700万円あった。譲り受けた製品は、国ごとの承認が動くのを待ちながら、その日から現金を生んだ[10][11]

売る先を作り、売らない事業を切り離す

製品を受け取る販売の体制も、同じ年に一気に整えた。2014年7月にイタリア・ミラノ、8月にスイス・ジュネーブと英国サリー、10月にフィリピン・マカティとタイ・バンコク、11月にマレーシア・プタリンジャヤ、12月にスペイン・マドリードへ、相次いで販売会社を設立している。譲受と法人設立が同じ年に重なったことで、参天製薬の製品展開は40以上の国と地域に及んだ[12]

買い物と対をなす判断が翌年に来た。2015年5月12日、参天製薬は取締役会で吸収分割契約を承認し、抗リウマチ薬事業をあゆみ製薬へ承継する契約を、あゆみ製薬・昭和薬品化工との間で締結した。効力発生日は同年8月3日で、あゆみ製薬は事業の権利義務を承継する対価として450億円の金銭を交付している。1987年から医療用抗リウマチ薬市場に製品を供給してきた事業を手放し、眼科領域だけの会社になる選択であった[13][14]

結果

買いと売りが同じ年度に出た

2016年3月期の連結業績には、二つの取引の効果が並んで表れた。売上収益は前連結会計年度と比べ20.7%増の1952億9100万円、営業利益は126.7%増の801億8000万円、親会社の所有者に帰属する当期利益は122.1%増の533億7300万円である。営業利益の急増には、抗リウマチ薬事業の承継に伴う449億9900万円のその他の収益が含まれる。海外の売上収益は57.5%増の483億7900万円で、欧州が82.8%増の255億8600万円、アジアが36.0%増の225億200万円となった[15][16]

消えた側の数字も残っている。「リマチル錠」「アザルフィジンEN錠」「メトレート錠」などを合わせた抗リウマチ薬の売上収益は34億9500万円で、前連結会計年度と比べ63.7%の減少となった。これは2015年4月から7月までの4カ月分にあたる。28年続いた事業が、決算書のうえでは4カ月の数字を最後に姿を消した[17]

608億円に対する439億円

投じた資金の回収は速かった。2017年3月末時点で、資産譲受にかかる支払対価608億円に対し、2014年度から2016年度の累計売上高は505億円、累計営業利益は439億円に達した。参天製薬はこれを2年9カ月で累計投資回収率70%超と説明している。売上・利益とも予算を上回って推移した。買ったのが既に売れている薬であるだけに、統合の成否を待たずに数字が出た[18]

その先の数年も、この2件が形をつくった。2017年3月期の売上収益は1991億円と2009年度以降の連続増収を保ったが、前年度の抗リウマチ薬事業譲渡益450億円の反動で減益となっている。Vision 2020が掲げた売上高2000億円は3年前倒しの2017年度に達成し、展開する国・地域は35から60以上へ増え、海外売上高比率は3割を超えた。国内の医療用眼科薬市場でのシェアは約50%となり、眼科だけの会社として2000億円を超えた[19][20]

出典・参考

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