新宿駅西口の資産入替と1,300億円再開発

2022年進行中

売るか、抱え続けるか——ハイアット売却で賄う新宿駅西口の大型再開発

更新:

時期 2022年2月
意思決定者 星野晃司、2024年4月からは鈴木滋社長が継承 社長
論点 新宿駅西口の資産再編と大型再開発の原資確保
概要
小田急電鉄は、2018年3月に完成させた複々線化事業の次の課題として、新宿駅西口の大型再開発に着手した。コロナ禍で収益が急落するなか、ハイアットリージェンシー東京と隣接オフィスビルを2023年3月に計約1,300億円で売却し、その資金を東急不動産・東京メトロと組む2029年度竣工予定の高さ約260メートル・地上48階建て複合ビルの投資に回した。本稿の時点で再開発は建設の途中にある。
背景
2018年3月、半世紀がかりの複々線化事業が完成し、小田急は新たな経営課題として新宿駅西口再開発の検討に入った。2020年からのコロナ禍で運輸・ホテル収入が急減し、2021年3月期には創業以来初となる398億円の最終赤字を計上、鉄道各社に共通する資産圧縮の機運が強まった。
内容
2022年2月、東急不動産が共同事業者として参画し投資額は2000億円規模に拡大、同時にハイアットリージェンシー東京の売却検討が明らかになった。小田急百貨店新宿店本館は2022年10月に営業を終え、2023年3月にはホテル棟をKKR・ガウ・キャピタル・パートナーズへ約600億円、オフィス棟を第一生命保険などへ約700億円、総額約1,300億円で売却した。
含意
2024年2月、小田急は再開発への投資額を1,300億円と正式に発表し、2029年度竣工の計画を維持した。老朽資産の売却益を次の大型投資に回す資産入替は、コロナ後にホテルを手放した近鉄・西武など鉄道各社にも共通する動きだった。
筆者の見解

老朽資産と大型投資のあいだ

新宿駅西口の資産入替は、単なる不動産の高値売却ではなく、稼ぐ力の乏しくなった老朽資産を手放し、その対価を次の投資に回す組み替えとして読み解くとわかりやすい。ハイアットリージェンシー東京は1980年の開業から40年以上を経てコロナ禍で稼働率が大きく落ち込んだ資産であり、百貨店本館もまた売場面積を縮小した後の姿を模索していた資産だった。複々線化という半世紀がかりの投資を終えたばかりの小田急が、続けてもう一つの大型投資に着手できたのは、こうした資産の組み替えを先に済ませていたためとみられる。

一方で、2029年度の竣工までにはなお数年を要し、地上48階・高さ約260メートルの複合ビルが新宿にどのような客層と収益をもたらすかは、竣工後にしかわからない。渋谷や丸の内で先行した再開発が街の性格そのものを変えてきたように、新宿駅西口の再開発もまた、単なるビルの建て替えにとどまらない街の書き換えを狙っている。本稿の時点では、その狙いがどこまで実を結ぶかは、まだ見えていない。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

複々線化の完成と新宿駅西口への布石

2018年3月17日、小田急電鉄は代々木上原から登戸までの複々線化を完成させた。1964年12月の都市計画決定から54年、着工からおよそ30年をかけた工事で、朝ラッシュ時の輸送力は4割増え、192%に達していた混雑率は150%程度まで下がった。小田急が投じた投資額は3,200億円を超え、首都圏の私鉄で東武鉄道と並ぶ規模の複々線化となった。星野晃司社長は「感無量。ようやくここまで来た」と工事完了への思いを語った[1][2]

新宿駅西口には、小田急百貨店・小田急ハルク・新宿ミロード・地下商店街の小田急エースなど、小田急が保有する商業施設が集積していた。同社は2000年に小田急ハルクの入る東京建物新宿ビルを取得し、2011年には新宿スバルビルを買収するなど、西口の自社物件を積み増していた。星野晃司社長は複々線化の完成にあわせて中期経営計画で西口再開発の検討に入り、「新宿駅東口も交えた大きな拠点再整備になることは間違いない」と語った[3]

コロナ禍による収益悪化と資産圧縮の機運

複々線化の完成から2年後、新型コロナウイルスの感染拡大が鉄道・ホテル事業を直撃した。2021年3月期、小田急電鉄は経常損益・純損益とも創業以来初の赤字に転落し、最終赤字は398億円に達した。ハイアットリージェンシー東京を運営するホテル小田急は、客室稼働率が2020年3月以降25%を下回る状態が続き、ホテル事業の収入は前年から61%落ち込んで、希望退職を実施した[4]

鉄道各社に共通する動きだった。近鉄グループホールディングスは2021年11月、大阪市内などのホテル8施設をブラックストーンへ約600億円で売却し、西武ホールディングスも2022年2月、プリンスホテルなど31施設をシンガポール政府系ファンドのGICへ約1,500億円で売却した。運輸収入が落ち込んだコロナ禍を境に、鉄道各社は保有し続けてきた不動産を手放し、資産効率を高める方向へ動き出していた[5]

決断

東急不動産の参画とハイアット売却検討の表面化

新宿駅西口再開発の具体像は、2020年10月31日の週刊東洋経済で初めて報じられた。同誌は「先手を打ったのは小田急電鉄」の見出しで、高さ260メートル・地上48階建ての複合ビルを新宿駅西口に建設し、2029年度の完成を目指す計画を伝えた。低層階に商業施設、高層階にオフィスを置く構想で、完成すれば高さ243メートルの東京都庁舎を上回り、西口の新たなランドマークになるとされた[6]

2022年2月9日、日本経済新聞は東急不動産が共同事業者として正式に参画したと伝え、両社の投資額はまず2,000億円ほどを見込み、総事業費はさらに膨らむ見通しであると伝えた。同じ2月28日には、小田急が保有するハイアットリージェンシー東京と隣接オフィスビルの持ち分について、1,000億円規模での売却を検討していると報じられた。コロナ禍で資産や事業を絞り込む動きが鉄道業界に広がるなかでの検討だった[7][8]

資産売却の実行

2022年10月2日、新宿駅西口のランドマークだった小田急百貨店新宿店本館が営業を終えた。同月4日には隣接する新宿西口ハルクを改装し、売り場面積を従来の2割程度に縮小して営業を再開した。百貨店本館という象徴的な資産を手放す判断が、再開発の始動と歩調をあわせて実行された[9]

ホテル・オフィス売却は2023年3月に決着した。ホテル棟は米投資ファンドのKKRと香港のガウ・キャピタル・パートナーズへ約600億円、隣接するオフィス棟は第一生命保険などへ約700億円で売却され、総額は約1,300億円に上った。1980年開業以来、西新宿の象徴だったハイアットリージェンシー東京は、この売却によって小田急グループの手を離れた[10][11]

結果

1,300億円の投資額確定と業績の回復

2024年2月8日、小田急電鉄は新宿駅西口再開発への投資額を1,300億円と正式に発表した。東急不動産・東京メトロと組む共同開発区画(A区画)と、小田急単独で進める区画(B区画)を合わせた金額であり、地上48階・地下5階、高さ約260メートルの複合ビルを2029年度に完成させる計画に変わりはなかった。ハイアット・オフィス棟の売却で得た資金は、この投資の原資に組み込まれた[12]

資産の入替と歩調をあわせて、業績も回復に転じた。2023年3月期の連結純利益はハイアット・オフィス棟売却に伴う特別利益を含めて407億円まで回復し、2024年3月期には売上高4,098億円・営業利益508億円・純利益815億円と、コロナ禍前の水準を上回った。2024年4月には星野晃司氏から鈴木滋氏へ社長が交代し、再開発計画は新体制のもとで引き継がれた[13][14]

出典・参考