小田急電鉄の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

1本の路線へ、54年かけてもう1組の線路を重ねた。1964年12月の都市計画決定で始めた代々木上原〜登戸の複々線化は用地買収の難航で長く足踏みし、1997年6月の喜多見〜和泉多摩川、2004年11月の世田谷代田〜喜多見、2013年3月の下北沢付近の地下化を経て、2018年3月に代々木上原〜登戸の約12kmで複々線運転が始まった。総事業費は約3,100億円。朝の通勤時間帯の列車本数は27本から36本へ増え、町田〜新宿の所要時間は49分から37分へ縮んだ。工事の重みを吸収したのは1961年設立の小田急百貨店と1964年設立の小田急不動産で、1997年5月にはその百貨店がバブル期の不採算投資を負の遺産と名指しして整理に着手している。半世紀を1本の路線に費やしたことが、新宿と箱根という両端へ投資を集める構造を残した。

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