筆者の見解
自己認定から始まった改革の重み
祖父・利光鶴松氏が興した会社を率いる立場でありながら、自社の経営判断そのものを誤りと認めるところから改革を始めた点に、1994年の"専門大店"化とは異なる重みがうかがえる。電鉄専務を兼務したまま百貨店社長を引き受けたのも、東京オペラシティという電鉄本体の懸案と百貨店改革を切り離さず、一人で両方に責任を負う構えを選んだためと推察される。
もっとも、負の遺産の整理は掛け声どおりには進まなかった。3年以内にメスを入れるとした利光氏の見通しに対し、連結決算は1998年3月期・1999年3月期と伸び悩み、2000年3月期には最終赤字を計上している。専門大店化と負の遺産処理という二つの手を同時に打った1990年代の小田急百貨店の経験は、電鉄系百貨店が沿線という強みだけでは競争で優位に立てず、バブル期に広げた事業の後始末に長い時間を要したことを示しているといえる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月