この決断の特徴は、一人の経営者による一度限りの選択ではなく、都市計画決定という行政手続きと、半世紀に及ぶ資金調達・工事の継続という、幾人もの社長の在任期間をまたぐ持続的な取り組みだった点にある。安藤楢六氏(当時社長)が1965年に案じた"膨大な資金"への不安は、星野晃司氏(社長)が2018年に語った"感無量"という一言に至るまで、半世紀以上にわたり小田急電鉄の経営課題の底流にあり続けたのだろう。
もっとも、この投資が沿線人口の増加という追い風を欠いていたら、54年という歳月そのものが重荷として残った可能性は否定できない。複々線化が果実を結んだのは、新宿ターミナルの商業開発や江ノ島電鉄の完全子会社化といった周辺事業が収益を補ってきたためでもある。2020年代に着手した新宿駅西口の再開発も、同じように長期の資金負担を伴う投資であり、複々線化が示した長期投資への向き合い方が、そこでも試されるだろう。