総合デベロッパーから資本効率型不動産企業への転換と、広域渋谷圏の段階売却モデル

全量自己保有をやめて回収の速度で稼ぐか——巨額の渋谷再開発をどう回そうとしたか

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時期 2019年
意思決定者 西川弘典 社長
論点 資産積み上げ型からの脱却と資本効率の向上
概要
東急不動産ホールディングスは2019年前後から、開発した不動産を全量自己保有する資産積み上げ型の経営を改め、開発・賃貸・売却を組み合わせて回収の速度で稼ぐ「資本効率型不動産企業」への転換を進めた。西川弘典氏が主導し、広域渋谷圏の再開発を他人資本を活用した段階売却モデルで回す面的な戦略であった。
背景
開発物件を全て自己保有し資産を積み上げるモデルは、バランスシートを膨らませ資本効率を頭打ちにしていた。建築費の高騰と金利環境の変化のなかで、渋谷などの巨額の都心再開発をいかに資本を寝かせずに回すかが問われた。持株会社体制のもとで、資本の使い方そのものを見直す必要が高まっていた。
内容
重点立地は自社持分50%以上を保有し、それ以外は他人資本を入れて段階的に売却する。Shibuya Sakura Stageに象徴されるこのモデルで、開発益を回しながら保有資産を選別する。ROE9〜10%を掲げ、オフィス保有の大半を都心に集中させ、2031年3月期の連結営業利益1,500億円を長期目標に据えた。
含意
全量自己保有型の三井・三菱地所とは異なる「持たざる開発」の資本政策で差別化を図った。中期経営計画2025の財務目標を2年前倒しで達成し、賃貸等不動産の含み益は4,351億円に拡大した。資産の大きさではなく資本の回転で稼ぐ企業へと、事業モデルの重点を移した。
筆者の見解

持たざる開発という選択

この戦略の核心は、不動産デベロッパーの強みとされてきた「資産を持つこと」を、あえて相対化した点にある。良い立地を押さえて長く保有し、賃料を積み上げる経営は堅実だが、資本が寝て効率は伸びにくい。東急不動産ホールディングスは、重点立地は握りつつ非重点は他人資本を入れて段階的に手放すことで、開発の果実を早く回収し次の投資へ回す道を選んだ。規模で先行する三井・三菱地所と正面から資産量を競わず、資本の回転で差をつけるという判断は、後発の総合デベロッパーが取りうる現実的な戦略であったとみることができる。

もっとも、持たざる開発には両面がある。段階売却で資本効率は上がるが、優良資産を早く手放せば、長期にわたって賃料を生む基盤は薄くなる。他人資本を組み合わせるほど、市況が反転したときに開発益の取りこぼしや売却の停滞という不確実性も抱え込む。広域渋谷圏という一つの重点エリアへの集中は、街の価値が上がり続けるかぎり強みだが、その前提が崩れれば弱みにもなりうる。資本の回転で稼ぐモデルを、市況の波のなかでどこまで安定させられるか——資本効率型への転換は、その持続性が今後問われていくといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

全量自己保有型の資本効率の限界

私鉄系のデベロッパーとして沿線住宅開発を得意としてきた東急不動産ホールディングスは、開発した不動産を自らのバランスシートに抱え込む資産積み上げ型の経営を続けてきた。保有資産が増えるほど賃料収入は積み上がるが、その分だけ資本が寝て、資本効率は頭打ちになりやすい。持株会社化で開発・管理・仲介を連結で束ねたあと、成長の次の軸として都市再開発へ経営資源を寄せるにつれ、資本の使い方そのものを見直す必要が高まっていた[1]

折しも建築費の高騰と金利環境の変化が、資産をため込む経営の重さを際立たせた。とりわけ広域渋谷圏の再開発は巨額の投資を要し、竣工までに長い時間がかかる。その資金を自社で全て背負い込めば、バランスシートは一段と膨らむ。開発の成果を売却で回収し、得た資金を次の開発へ再投資する仕組みを持たなければ、渋谷という好機を資本効率と両立させることは難しかった[2]

決断

資本効率型への宣言と広域渋谷圏

2020年4月に東急不動産ホールディングス社長へ就いた西川弘典氏は、総合デベロッパーから資本効率型不動産企業への転換を掲げた。最重要テーマに広域渋谷圏を据え、スタートアップの集積やラボの整備で街全体の生産性を収益源にする構想を打ち出した。資本効率の目標としてROE9〜10%の水準を志向し、オフィス保有物件の大半を東京都心の中心区へ集中させて賃料の増額改定余地を確保する。2031年3月期に連結営業利益1,500億円という長期目標を掲げ、資産の規模ではなく回収と再投資の速度で稼ぐ構造への転換を明確にした[3]

転換を具体化したのが、Shibuya Sakura Stageに象徴される他人資本活用モデルであった。再開発物件を従来のように全量自己保有するのではなく、他人資本を組み合わせた段階売却モデルで進める。重点エリアは自社持分50%以上を保有原則とし、それ以外は持分比率を柔軟にして段階的に売却する。自己のバランスシートを過度に膨らませずに、開発益を回しながら保有資産を選別する組み立てへ切り替えた。全量自己保有を前提とする三井不動産や三菱地所とは異なる、「持たざる開発」の資本政策で差別化を図った[4]

結果

前倒しの達成と、中期経営計画2030

転換は数字に表れた。中期経営計画2025の財務目標を2年前倒しで全て達成し、2024年3月期の連結営業利益は1,202億円に伸びた。賃貸等不動産の含み益は4,351億円に拡大し、株主還元では減配せずに配当を続ける累進配当を採り入れた。2025年5月には次の中期経営計画2030を発表し、資本効率型への転換を長期の成長戦略として引き継いだ。資産の大きさを競うのではなく、回収の速度と資本の回転で利益を伸ばす方向が、持株会社の中期の数字に定着した[5]

資本効率型への転換は、稼ぐ場所の組み替えも伴った。同社は再生可能エネルギーを長期で安定したキャッシュフローを生む収益資産と位置づけ、2025年1月にリニューアブル・ジャパンを連結子会社化して戦略投資領域へ格上げした。不動産の開発益を回しながら、再エネという別の安定収益源を厚くする構図である。全量自己保有の資産積み上げから、回収サイクルと収益資産の組み合わせへ——2019年前後に始まった面的な転換は、十年単位の事業モデルの組み替えとして進んだ[6]

出典・参考