ノーリツ鋼機買い集めた医療・シニア・農業事業の連続譲渡と「ものづくり」への集約

揃えた事業をたたむのは誰の仕事か——外部から来た社長が進めた売却の2年

時期 2020年8月
意思決定者(推定) 岩切隆吉・西本博嗣(会長) 社長CEO
論点 事業の選別と集中
概要
2018年から2020年にかけて、ノーリツ鋼機が2010年代前半に買い集めた医療・シニア・農業・保険の事業を相次いで手放し、コア事業を「ものづくり」に絞り込んだ判断。売却と並行してDJ機器のAlphaThetaを取得した。
背景
2018年6月に創業家以外から岩切隆吉氏が社長へ就き、西本博嗣氏は代表権のない会長へ退いた。グループは医療・通販・農業・保険・精密部品にまたがり、業種の系統で説明できない構成になっていた。
内容
2020年2月に日本再生医療、3月にアグリ・フード事業、8月にハルメクホールディングス、9月にデンタルホールディング、11月に日本共済を手放した。同年4月にはAlphaThetaを株式取得約350億円で子会社化している。
含意
買った本人ではなく、買っていない経営者が売る側に回った。2022年2月にはJMDC株式の一部譲渡でコア事業を「ものづくり」と再定義し、2024年5月のプリメディカ譲渡で医療分野から完全に退いた。
筆者の見解

売る役を誰が引き受けたか

買った事業を売る作業は、買った本人には難しい。取得の判断を否定することになり、社内では前任者の実績の引きはがしにも見える。ノーリツ鋼機ではその役を、2018年に外から来た岩切隆吉氏が引き受けた。西本博嗣氏が会長として残りながら執行を離れた形は、創業家が方向づけを保持したまま、個別の売却判断からは距離を置く仕組みとして働いたとみられる。

売却の対価が製造業の買収に回された点で、この2年は撤退というより両替に近い。医療とシニアで集めた事業は、DJ機器とイヤホンとペン先に姿を変えた。2020年8月にMBOで独立したハルメクは、その後もシニア女性誌の発行を続けている。ノーリツ鋼機の側に残ったのは、売上1,192億円と営業利益率17.4%という、写真処理機器の最盛期を上回る数字であった。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

買っていない人物が社長になる

2018年6月、ノーリツ鋼機は創業家以外から社長を迎えた。ネット広告会社の幹部を務めていた岩切隆吉氏で、就任時40歳である。株主提案で経営陣を替え、8年にわたって買収を重ねてきた西本博嗣氏は、代表権のない会長へ退いた。日本経済新聞は、今後の海外事業の拡大や新規事業の育成には外部人材が必要と会社が判断したためと伝えている。集めた事業の値踏みを、集めた本人ではない人物が担う体制になった[1]

整理は交代の前後から始まっていた。2018年4月、遠隔画像診断のドクターネットを手放している。2010年6月に買い、医療分野への入口となった会社であった。翌5月には医療情報のユニケソフトウェアリサーチも譲渡した。いずれも社長交代と同じ時期に決着しており、買い集めた事業を全部抱え続ける前提が、この時点で崩れていた[2]

説明できない業種の並び

当時のグループには、医療機関向けコンサル、シニア女性誌と通販、生鮮野菜、再生医療、バイオ、少額短期保険、筆記具用ペン先が同居していた。事業ごとに顧客も販路も規制も異なり、持株会社の側で共通に効かせられるものは資金と人事に限られる。売上の規模は小さくとも管理の手間は一社ぶん要る事業が並べば、グループ全体の管理費が重くなる。株主に対して構成の理由を説明する負担も残っていた[3]

2019年3月、持株会社体制へ移ってから初めての中期経営計画FY21が公表された。買収の積み上げで作られた事業構成に、計画という形式が初めてかぶせられた。同年12月には子会社のJMDCが東京証券取引所マザーズ市場へ上場し、医療データ事業には市場価格が付いた。値が付いた事業と、付かないまま残る事業の差が、外から見える形になっている[4]

決断

2020年春、売りと買いを同時に置く

2020年2月、ノーリツ鋼機は日本再生医療の全株式を譲渡して創薬事業をやめた。翌3月にはアグリ・フード事業からの撤退を決め、NKアグリの事業を終えている。2009年11月に設立され、写真処理機器メーカーからの転換を象徴していた農業の会社が、10年でグループから消えた。前年から続く売却は、この2カ月で医療の先端分野と第一次産業の両端に及んだ[5]

同じ3月、会社は正反対の発表をしている。3月2日、DJ・クラブ機器のAlphaThetaを子会社化すると公表した。株式の取得価額は約350億円、企業価値の評価は650億円、約300億円のユーロ建てノンリコースローンを併用し、4月3日に全株式を取得する内容であった。売却で身軽にするだけでなく、その資金で単発として過去最大の買い物をした。畳む判断と買う判断が、同じ月に並んでいる[6][7]

夏から秋へ、シニアと保険を手放す

2020年8月3日、シニア女性誌と通販を束ねるハルメクホールディングスの保有株式を、社長の宮澤孝夫氏が代表を務めるHLMK2へ譲渡した。経営陣による買収の形をとっている。9月1日には歯科材料通販のフィードを傘下に持つデンタルホールディングも手放した。会社は譲渡の理由を、再編したコア事業への集中を一段と進め、収益基盤を安定させてグループの事業価値を高めるためと説明している[8][9]

保険も残さなかった。家財分野の少額短期保険を手がける日本共済の全株式を光通信へ譲り、11月2日に実行している。2017年11月に取得してから3年での売却であった。少額短期保険の競争環境が変わるなかで、光通信の販売網に入るほうが成長余地は大きいという判断が示されている。2012年から2017年にかけて集めたシニア・保険分野は、2020年の一年でほぼ手元から離れた[10]

結果

「ものづくり」という再定義

空いた枠には製造業が入った。2021年5月、米国のPEAG LLC dba JLab Audioを株式取得263億円で買い、資金は新規借入368億円で賄っている。プロ向けのDJ機器に対し、消費者向けのイヤホン・ヘッドホンを加える形であった。2022年2月にはJMDC株式の一部を譲渡して医療情報事業を非継続事業へ移し、コア事業を「ものづくり」と再定義した事業ポートフォリオ再編を公表している[11]

買った側にも損失は出た。2022年12月期の通期決算で、JLabののれんについて59億円の減損損失を計上している。買収後にオーディオ市場の成長が鈍ったためで、減損後ののれん残高は97億円となった。売却で身軽になった直後に、新しい主力の一角で評価損を認めた形になる。事業の入れ替えを続けるかぎり、この種の損失は付いて回る[12]

残した三つで立つ会社

医療の名残も消した。2024年5月、2010年7月にNKメディコとして設立したプリメディカを譲渡し、「その他」セグメントを廃止している。医療分野からの撤退はこれで完了した。残ったのはAlphaTheta、JLab、テイボーの三社であり、2025年4月にはテイボーがMIM事業を浜松メタルワークスとして分社化した。DJ機器、オーディオ、精密部品という製造業の三本立てになっている[13]

業績は絞り込みのあとに伸びた。連結売上高は2021年12月期の545億円から2023年12月期901億円、2024年12月期1,065億円、2025年12月期1,192億円へ増え、営業利益も61億円から208億円になっている。2025年12月期の営業利益率は17.4%で、新中期経営計画FY30が掲げる15%以上の目標を上回った。写真処理機器の最盛期であった2004年3月期の907億円も、すでに超えている[14]

出典・参考

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