昭和飛行機工業三井E&Sホールディングス保有株のベインキャピタルへの売却と、公開買付けを経た上場廃止

多角化を続ける会社を買ったのか、昭島の土地を買ったのか——簿価と時価の開き

時期 2020年1月
意思決定者(推定) 取締役会
論点 親会社の株式売却と非公開化
概要
2020年1月23日、三井E&Sホールディングスが間接所有分を含め65.6%を保有する昭和飛行機工業の全株式を、米投資ファンドのベインキャピタルへ約455億円で売却すると発表した。ベインキャピタルの公開買付けは2020年3月11日に92.45%を取得して成立し、同社は株式売渡請求を経て同年4月20日に東証2部から上場を廃止した。
背景
三井E&Sホールディングスは海外の火力発電所工事で巨額の損失を出し、2019年5月に同事業からの撤退を含む事業再生計画を公表していた。2020年3月期は880億円の最終赤字が見込まれ、期末までに約700億円の事業・資産売却を急いでいた。昭和飛行機工業の株式もその対象に入った。
内容
買付価格は1株2,129円、成立を前提とした特別配当631円を合わせて実質2,760円で、公表前日の終値2,545円を8.45%上回った。買付期間は2020年2月10日から3月10日までの20営業日、下限は所有割合66.67%。ベインキャピタルの取得価額は特別配当を含めて約850億円にのぼった。
含意
公開買付け時の投資家向け資料で、ベインキャピタルは多角化経営を尊重する意向を表明していた。しかし2021年2月、昭和の森ゴルフコースと隣接するゴルフ練習場・ホテルが日本GLPの組成したファンドへ移り、そのSPCの決算公告には特定資産1,256億円が計上された。簿価は約88億円であった。
筆者の見解

事業として値を付けた売り手と、土地として値を付けた買い手

簿価約88億円のゴルフ場とホテルは、1年後に1,256億円と推定される額で動いた。この開きは、同じ会社を売り手と買い手が別の物差しで測っていたことを示している。三井E&Sホールディングスにとって昭和飛行機工業は、売上254億円・経常利益22億円の非中核事業であり、3期連続赤字と約700億円の資産売却という制約のなかで455億円を受け取る判断には、当時なりの理屈があった。ベインキャピタルが値を付けたのは、その事業ではなく、事業が乗っている昭島の土地であった。ベインキャピタルは公表時点で売却の予定はなかったと説明しており、最初から転売が決まっていたと断じる材料はない。

ゴルフ場に1,256億円という額がついた理由は、用途の変更にある。中央自動車道と国道16号に近く駅から歩けるという条件が、物流施設とデータセンターの用地として評価された。その評価が2020年1月の時点で確定していたわけではなく、ベインキャピタルは買付価格の算定根拠を明かしていない。売り手に足りなかったのは価格の交渉ではなく、自社の土地が用途を変えればいくらになるかを、買い手より先に確かめる作業であった。

Yutaka Sugiura, 2026年8月

背景

売上254億円の会社で、利益はどこから出ていたか

昭和飛行機工業の2019年3月期は、連結売上高254億円・経常利益22億円であった。セグメント別に見ると、輸送用機器関連事業は売上101億円に対し営業利益3.8億円にとどまり、不動産賃貸事業は売上70.5億円で営業利益23.8億円を稼いでいた。ホテル・スポーツ・レジャー事業は3.9億円の営業損失であった。売上の首位は輸送用機器でありながら、連結利益の大半は昭島市に持つ土地から生まれていた[1]

同社が保有する不動産は、昭島の一角にとどまらなかった。昭和の森ゴルフコースと隣接するホテルの簿価は2019年3月末で約88億円、昭島市内の輸送機器製造工場が41億円、昭島駅前のショッピングモールが160億円、大阪市内の自動車教習所が100億円であった。これらの用地の多くは、同社の飛行場が米軍に接収されたのち1969年に返還された区画であり、1976年から賃貸を目的とする不動産業務に充てられてきた[2][3]

三井造船の子会社となった6年間

2014年3月、三井造船は公開買付けにより昭和飛行機工業の株式を取得し、同社の親会社となった。三井造船はのちに三井E&Sホールディングスへ商号を変更している。2019年3月31日現在の大株主の状況では、三井E&Sホールディングスが49.80%を直接保有し、退職給付信託分の12.83%と2.90%を合わせるとグループで65.53%に達していた。東証2部に上場したまま、株式の三分の二近くを親会社が握る構成であった[4][5]

その親会社が傾いた。三井E&Sホールディングスは海外の火力発電所の土木工事で巨額の損失を出し、2019年5月、受注案件の完工後に同事業から撤退する事業再生計画を公表した。2019年3月期の最終損益は695億円の赤字で、2020年3月期は880億円の赤字と3期連続の赤字になる見通しであった。手元資金の確保のため、2020年3月期末までに約700億円の事業・資産売却を急いでいた[6][7]

決断

2019年6月に始まった打診

事の発端は2019年6月にさかのぼる。三井E&Sホールディングスは保有する昭和飛行機工業株の売却を模索し、複数社に声をかけた。そのうちの1社が米投資ファンドのベインキャピタルであった。ベインキャピタルは三井E&Sホールディングスから株式を取得するだけでなく、公開買付けを通じて完全子会社化する方針で資産査定を進め、2019年12月下旬に買い付け候補者へ選ばれた[8]

2020年1月23日、公開買付けの実施が正式に発表された。買付価格は1株2,129円で、成立を前提に1株631円の特別配当を予定し、合計2,760円は公表前日の終値2,545円を8.45%上回った。買付期間は2月10日から3月10日までの20営業日、下限は所有割合66.67%とされた。三井E&Sホールディングスはこの公表時点で間接所有分を含め65.6%を所有しており、その全株式を応募する契約を結んだ。昭和飛行機工業の取締役会は賛同を表明した[9][10]

多角化を尊重するという説明

公開買付け時の投資家向け資料によれば、ベインキャピタルは昭和飛行機工業の多角化経営を尊重する意向を表明していた。輸送用機器の製造と、昭島市の広大な土地を生かした商業施設・ホテル・ゴルフ場の賃貸および運営を、いずれも続ける前提である。事業会社の再生を手がけてきたファンドが、輸送用機器と不動産賃貸を併せ持つ会社をそのままの形で引き継ぐと読める説明であった[11]

一方で、受け取りと支払いには開きがあった。三井E&Sホールディングスが受け取る売却代金は約455億円であるのに対し、ベインキャピタルの取得価額は特別配当を含めて約850億円にのぼった。買収の対象となった不動産は、ゴルフ場とホテルから昭島駅前のショッピングモール、大阪市内の自動車教習所まで多岐にわたり、含み益を加味すれば買収価額を上回る価値があった[12]

結果

1年後に動いたゴルフコース

公開買付けは成立した。買付期間は2020年3月10日に終わり、翌11日にベインキャピタルは92.45%の株式を取得して3月17日に筆頭株主となった。東京証券取引所は3月18日に上場廃止を決定して整理銘柄に指定し、昭和飛行機工業は株式売渡請求を経て4月20日に東証2部から上場を廃止した。ところが、輸送用機器製造と不動産賃貸を併せ持つ経営は1年ともたなかった。2021年2月、昭和の森ゴルフコースと隣接するゴルフ練習場・ホテルが、日本GLPの組成したファンドである昭島特定目的会社へ売却された。3施設の簿価は2019年3月末で約88億円であった[13][14][15]

売却額そのものは公表されなかった。ただ、昭島特定目的会社が2021年10月に公表した決算公告では、不動産や信託受益権が該当する特定資産として1,256億円が計上されており、これが実質的な取得価額とみられる。簿価約88億円の3施設に14倍を超える値がつき、郊外のゴルフ場の取引として不動産業界の耳目を集めた。ベインキャピタルは公開買付けに投じた約850億円を上回る額を、会社の一部の売却だけで手にしたことになる[16]

転売は織り込まれていたのか

買収の時点で転売が見込まれていたかは、はっきりしない。ある大手デベロッパーの幹部は、2020年3月の公開買付け成立前後にベインキャピタルから「昭和の森ゴルフコースを買わないか」(週刊東洋経済 2022/6/25)と持ちかけられたと証言している。買い手となった昭島特定目的会社は2020年11月末まで「三郷ロジスティック」の社名で別の物流施設の受け皿であり、成立からわずか8か月後に昭島の地名へ社名を変えていた[17][18]

ベインキャピタルの広報担当者は東洋経済の取材に対し、公開買付けの公表時点においては昭和の森ゴルフコースを売却する予定はなかったと説明した。買付価格の算定根拠に不動産の含み益を加味していたかについては、コメントを控えている[19]

値上がりの理由は用途の変更にあった。施設の付近には中央自動車道と国道16号が通り、都心までは車で約1時間、鉄道の駅から徒歩圏にある。2022年2月、日本GLPはこの地に物流施設6棟とデータセンター9棟などを建てる「GLPアルファリンク昭島」の開発を発表した[20]

出典・参考

免責事項およびポリシー