極東開発工業の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

親元からの委託を足場に、工場を需要地の近くへ分けて置いた会社である。1957年、川西モーターサービス部から小型3輪ダンプの生産を受託すると、本社を横浜から西宮へ移した。新明和工業から分かれた際、関東以北を新明和工業、西を自社が受け持つと取り決めており、西宮はその受け持ちの内側にあった。続いて1959年に名古屋、1962年に横浜へ工場を建設し、3拠点の体制を整えた。特装車は地域と顧客ごとに仕様が異なり納期も短く、顧客の近くで作る配置はその後も続いた。ただし1965年頃までの仕事は委託生産が中心で、自社製品は1966年の米国・スウェーデン企業からの技術導入で始まった。

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