筆者の見解
規模で対抗せず、事業を丸ごと手放すという選択
この決断の核心は、財務危機への対応としてではなく、後発ゆえに規模の経済で対抗できないという構造的な限界への自覚から、主力事業そのものを手放す選択に踏み込んだ点にある。日産財閥という後ろ盾を失って以来、日産化学工業は財閥系化学メーカーと規模で戦う道を選ばなかった。石油化学という汎用樹脂の世界で投資を続けるのではなく、8年をかけて段階的に撤退の環境を整え、市況の好転期を待って売却を完了させたところに、この経営判断の緻密さがうかがえる。
もっとも、この撤退が"身も心もある決断"として語られる理由は、譲渡先の選定や従業員の移籍条件にまで目を配った手順にある。数字だけを追えば、主力3事業と売上高500億円分の事業を手放す決断は、単純な縮小と映りかねない。しかし、農薬・医薬品・機能性材料という撤退後のシナリオを先に示し、組織全体の納得を取ったうえで実行に移した進め方は、事業の再構築が財務だけでなく人と組織の合意形成にかかっていることを示している。今日のニッチ市場・高収益路線に見る日産化学の姿は、この1988年の決断が定めた方向性の延長線上にあると推察される。
Yutaka Sugiura, 2026年7月