次世代DVD「HD DVD」からの撤退——自ら仕掛けた規格戦争の終息
主導した標準規格を自らの手で畳むか、なお戦うか——次世代DVD戦争の幕引きをめぐる判断
更新:
- 概要
- 2008年2月19日、東芝の西田厚聰社長が記者会見で「HD DVD事業を終息します」と宣言し、自社が主導してきた次世代DVD規格HD DVDから撤退した経営判断。すでに開発・生産を中止しており、3月末までに出荷も止めて完全に撤退した。次世代DVD規格をめぐる争いは、ソニーや松下電器産業を中心とするブルーレイ(BD)陣営の勝利で決着した。
- 背景
- 現行DVDの後継をめぐり、東芝が推すHD DVDと、ソニー・松下が提唱するBDが規格分裂したまま商品化に走り、世界最大の北米市場で消耗戦を繰り広げていた。有力家電メーカーが実質東芝1社のHD DVD陣営は、徹底した低価格戦略で先行逃げ切りを狙ったが、採算割れの価格競争が続いた。
- 内容
- 2008年1月、盟友の米ワーナー・ブラザーズがBD陣営へ鞍替えし、続いて小売り最大手の米ウォルマートがHD DVD販売からの撤退を表明した。北米の戦況が一気にBDへ傾き、「勝つ見込みがなくなった」と判断した西田厚聰氏(社長)は、市場環境の変化を直視するとして、事業の終息を決めた。
- 含意
- HD DVD事業は撤収を決めた2008年3月期に営業損失602億円と事業終息費用483億円を計上し、開発費を含めれば損失は2000億円を超えたとされる。自ら旗を振った標準規格を自ら畳む判断であり、傷を広げないための損切りの速さと、分裂を避けられなかった規格戦争の代償が交錯した。
仕掛けた側が畳むということ
この判断の芯にあるのは、自ら旗を振った標準規格を、当の旗振り役が自らの手で降ろしたという事実である。統一交渉が決裂し、有力メーカーが集まらないまま孤軍で走り出した時点で、勝算は陣営の広がりでBDに劣っていた。それでも現行DVDでの規格統一という成功体験が、統一や撤退を潔しとしない空気を社内に残し、走り続ける選択を後押ししていた。勝ち目を失うや2か月弱で幕を引いた素早さは、傷を最小限にとどめる損切りとして合理的であったとみることができる。ただ撤退の速さは、そもそも分裂したまま商品化へ突き進んだ側の責任と、表裏の関係にある。
より大きな問いは、VHS対ベータという先例を業界が共有しながら、なぜ二度目の分裂を避けられなかったかにある。次世代DVDの勝敗は、製品そのものの優劣よりも、ハリウッドの映画会社、ウォルマートに代表される流通、そしてパソコンを握るマイクロソフトといった外部の力学によって決した。旗振り役が自ら畳むという幕引きは潔くはあったが、規格を仕掛ける段階での見立ての甘さまでは覆えなかったといえる。撤退という判断の是非以上に、走り出す前の一手が問われる事例として、この一件は残るとみられる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
規格分裂と、北米市場の消耗戦
高精細のハイビジョン映像を扱う現行DVDの後継規格をめぐり、市場は二つに割れていた。東芝が旗を振るHD DVDと、ソニーや松下電器産業が中心のブルーレイディスク(BD)である。両陣営は互換性のないまま商品化へ走り、世界最大の北米市場で普及競争を繰り広げていた。世界的なAV機器メーカーが集まるBD陣営に対し、HD DVD陣営の有力家電メーカーは実質として東芝1社であった。陣営の数で劣る東芝は、徹底した低価格戦略を武器に「先行逃げ切り」を狙う立場に置かれていた[1]。
価格競争は採算を度外視した消耗戦の様相を呈した。東芝は2007年に主力の再生機を499ドルから399ドルへ、翌月には299ドルへと実質値下げし、北米では半年ほどで店頭価格が半値近くまで下がった。デジタル家電を統括する藤井美英常務は「利益? 出てないよ」と採算割れを認めつつ、市場を立ち上げる先行費用であり、普及のための戦略的な値付けは高度な経営判断だと語った。値下げに追随したBD陣営も収支は厳しく、両陣営がともに持ち出しを続ける構図であった[2]。
統一交渉の決裂と、マイクロソフト頼みの孤立
消耗戦を避ける道が閉ざされた経緯も、撤退の伏線となっていた。東芝は2005年2月からソニー・松下と規格統一の交渉に臨み、両規格よりも大容量の「第3規格」で調整が進んだ時期もあった。ところが交渉は同年5月16日に決裂し、その後再開されることはなかった。決裂の一因は、現行DVDで規格統一を果たした成功体験を背景に、統一や撤退を潔しとしない技術者ら、東芝社内の足並みの乱れにあったとされる[3]。
統一を断念した東芝が頼みとしたのが、パソコンのOSとCPUを握るマイクロソフトとインテルであった。とりわけマイクロソフトは、自社の技術仕様「iHD」を次世代光ディスクに盛り込む狙いから、強力にHD DVD支持を表明した。だが家電メーカーの多くはBD側に残り、東芝は「他のエレクトロニクスメーカーがついてこない孤独な一人旅」を続ける格好となった。援軍を得てもなお、陣営の広がりでBDに及ばない構図は変わらなかった[4]。
決断
盟友ワーナーの離反と、ウォルマートの撤退表明
均衡を崩したのは、2008年1月4日の一報であった。世界最大の家電見本市CESを目前に、大手映画会社の米ワーナー・ブラザーズが、6月以降は次世代DVDソフトをBDだけにすると発表した。映画ソフト販売でシェア2割を握るワーナーの離反により、BD陣営のソフトシェアは7割近くに達し、HD DVDは2割程度へ落ち込んだ。それまで「勝つつもりでいる」と強気を貫いてきた西田厚聰氏(社長)も、「東芝にたくさんある事業のうちの一つにすぎませんから」と、一気にトーンを落とした[5]。
追い打ちをかけたのが流通の判断であった。ワーナーは1991年に東芝と資本提携して以来の緊密な盟友であり、現行DVD規格でも90年代に共闘した戦友でもあった。その離反に続き、2月15日には小売り最大手の米ウォルマートが「6月以降、HD DVD販売から撤退する」と発表した。北米市場でHDとBDの1月の販売シェアは2対8まで開いており、盟友と最大の販路を相次いで失った東芝は、「勝つ見込みがなくなった」と結論づけた[6]。
「終息」宣言——仕掛けた規格を自ら畳む
2008年2月19日、西田厚聰氏(社長)は記者会見で「HD DVD事業を終息します」と宣言した。東芝はすでにHD DVDの開発・生産を中止しており、3月末までに出荷も止めて完全に撤退する方針を示した。これにより次世代DVD規格をめぐる熾烈な争いは、BD陣営の勝利で決着した。DVDフォーラムの議長会社として自ら旗を振り、統一交渉の決裂後も孤軍で推し進めてきた標準規格を、当の東芝が自らの手で畳む判断であった[7]。
西田厚聰氏(社長)は撤退の理由を、市場環境の変化を直視し、変化への対応策を速やかに講じる必要にあると説明した。あわせて、複数の規格が併存し続けることが次世代DVD市場や消費者に与える弊害も挙げた。強気で鳴らした経営者が、勝ち目を失うや2か月弱で幕引きへ動いた素早さには、傷をこれ以上広げないための損切りの色が濃かった。会見の翌日には、家電量販店で早くもHD DVD製品の撤去と在庫処分が始まった[8]。
結果
ブルーレイの勝利と、薄れていた次世代DVDの意義
勝ち残ったBD陣営も、手放しでは喜べない結末であった。両規格の併存が続いた期間、次世代DVD市場全体の立ち上がりは芳しくなく、激しい価格競争でBD再生機の普及機種は1年で半値以下へ落ちていた。抗争の最中に、ハードディスクの大容量化や機器の低価格化が進み、米アップルは映像のネット配信に力を入れ始めていた。争っているうちに、次世代DVDそのものの存在意義が規格戦争の当初に比べてかなり薄れていた点に、この勝敗の空しさがうかがえる[9]。
撤退は数字にも重くのしかかった。HD DVD事業は事業が本格化した2007年3月期に340億円の営業損失を計上し、撤収を決めた2008年3月期には営業損失602億円に事業終息費用483億円が加わった。それ以前からの開発費用を含めれば、損失は2000億円を超えたとされる。1980年代のVHS対ベータの規格戦争が消費者とメーカーに大きな損失を残した悲劇を、日本のAV業界は再び繰り返した格好であった[10]。
- 週刊東洋経済 2005年12月31日号「次世代DVD 東芝の苦悩」
- 週刊東洋経済 2007年11月17日号「次世代DVD戦争 勝者なき結末の予感」
- 週刊東洋経済 2008年1月19日号「次世代DVD ワーナー離反で東芝陣営は瓦解」
- 週刊東洋経済 2008年3月1日号「西田社長が『終息』宣言 次世代DVD戦争決着」
- 週刊東洋経済 2008年6月7日号「次世代DVD狂騒の真相 悲劇は2度繰り返す 第1回【クラークの法則】」
- AV Watch(2008年2月19日)「東芝、HD DVD事業から撤退。3月末で終息に」
- 東芝 有価証券報告書(2008年3月期・連結・米国会計基準)