「HD DVD」からの撤退(2008年・東芝の決断)

更新:
論点 劣勢の次世代規格から撤退するか
東芝:業績の推移
売上高(億円)親会社株主に帰属する当期純利益率(%)
自ら仕掛けた次世代規格戦争の終息と、敗北の受け入れ

何をなぜ決めたか:自ら仕掛けた次世代規格戦争の終息と、敗北の受け入れ

概要

2008年に入ってからの事業環境の大幅な変化を受け、今後の事業戦略を総合的に検討した結果として、HD DVD事業を終息させた。現行のDVDプレーヤー及びレコーダーは従来どおり事業を継続しており、畳んだのは次世代規格に賭けた部分だけである。

2007年度の連結決算に計上した事業終息費用は48,328百万円。内訳は棚卸資産廃却損及び評価損25,112百万円、その他長期性資産減損損失11,614百万円、固定資産減損損失5,094百万円、その他6,508百万円で、費用に係る債務の大部分は同じ年度のうちに支払われた。

背景

現行DVDの後継をめぐり、東芝が推すHD DVDと、ソニー・松下電器産業が提唱するブルーレイが規格分裂したまま商品化に走り、世界最大の北米市場で消耗戦が続いた。有力家電メーカーが実質東芝1社のHD DVD陣営は、徹底した低価格戦略で先行逃げ切りを狙ったが、採算割れの価格競争から抜け出せなかった。

HD DVD事業の売上高は2006年度の140億円から2007年度は274億円へ倍近く伸びたが、営業損益は同じ期間に340億円の赤字から602億円の赤字へ沈んだ。売れば売るほど傷が深くなる構造で、規模が採算を救う見込みは立たなくなっていた。

内容

2008年1月、盟友の米ワーナー・ブラザーズがブルーレイ陣営へ鞍替えし、続いて小売り最大手の米ウォルマートがHD DVD販売からの撤退を表明した。北米市場の趨勢が決したのを見た東芝は翌2月に終息を決め、3月末までに出荷も止めた。

HD DVD事業の関連資産を主体とする長期性資産の減損損失は16,959百万円で、うち16,708百万円がデジタルプロダクツ部門に帰属する。同部門の2007年度の営業利益は15,059百万円と前期比8億円の減益にとどまったが、これはパソコン事業の大幅増益が、HD DVD事業終息で大幅減益となったデジタルメディア事業を打ち消した結果である。

含意

HD DVD事業のみに関する財務報告は存在しない。現行のDVD事業を続ける以上、切り出せる単位の事業ではなく、終息の代償は部門の損益と全社の税引前損益に溶けて表れた。終息に伴う費用は事業構造改善費用などと同じく連結営業外損益として表記され、前期比203億円減の2,381億円という連結営業損益には含まれない。銀座東芝ビルの売却益を計上しながら連結税引前損益が前期比429億円減の2,556億円にとどまったところに、撤退の重さが出ている。

翌2008年度、デジタルメディア事業はHD DVD事業終息の影響もあって損益が改善した。損切りの効果は1年で数字に出たが、その1年で世界的な景気後退が訪れ、部門全体は142億円の営業赤字へ転じた。

いつ何が起きたか 6件
考察:仕掛けた側が畳むということ
考察

考察:仕掛けた側が畳むということ

この判断の芯にあるのは、自ら旗を振った標準規格を、当の旗振り役が自らの手で降ろしたという事実である。統一交渉が決裂し、有力メーカーが集まらないまま孤軍で走り出した時点で、勝算は陣営の広がりでブルーレイに劣っていた。それでも現行DVDでの規格統一という成功体験が、統一や撤退を潔しとしない空気を社内に残し、走り続ける選択を後押ししていた。売上高274億円の事業が単年で1,085億円の税引前赤字を生んだ2007年度の数字は、規格戦争が製品の採算ではなく陣取りの費用として積み上がっていたことを示している。勝ち目を失うや2か月弱で幕を引いた素早さは、傷を最小限にとどめる損切りとして合理的であったとみられる。

もっとも、撤退の速さは、そもそも分裂したまま商品化へ突き進んだ側の責任と表裏の関係にある。より大きな問いは、VHS対ベータという先例を業界が共有しながら、なぜ二度目の分裂を避けられなかったかにある。次世代DVDの勝敗は、製品そのものの優劣よりも、ハリウッドの映画会社、ウォルマートに代表される流通、そしてパソコンを握るマイクロソフトといった外部の力学によって決した。終息費用48,328百万円を一度に飲み込めるだけの体力が当時の東芝にはあり、翌年度にはデジタルメディア事業の損益が改善している。畳む判断は正しく機能したが、走り出す前の一手までは覆えなかったといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月
数字で見る 3表

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図と表

東芝:デジタルプロダクツ部門の推移

外部顧客に対する売上高(百万円)営業利益率(%)
東芝:デジタルプロダクツ部門の推移
(百万円) 外部顧客に対する売上高営業利益資産 備考
2005年3月期 2,156,4957,266966,105 部門の減損損失は1,088百万円
2006年3月期 2,459,27020,8641,092,075 部門の減損損失は7,126百万円
2007年3月期 2,720,52215,7841,242,567 部門の減損損失は7,921百万円。北米でHD DVDプレーヤーを発売した期
2008年3月期 2,845,84315,0591,290,442 HD DVD事業を終息。部門の減損損失は16,708百万円に膨らんだ
2009年3月期 2,376,084△14,202954,909 世界的な景気後退で部門は赤字。デジタルメディア事業は終息もあり改善
2010年3月期 2,264,28313,3231,117,897
2011年3月期 2,228,81513,1851,010,655 この期のセグメント情報から減損損失の区分開示はない
2012年3月期 1,612,750△28,191834,603 2012年度の組織変更に伴う組替後の営業損益は△27,191百万円
2013年3月期 1,391,015△24,381954,338
出所:東芝 有価証券報告書 第167期・第168期・第169期〜第174期【事業の種類別セグメント情報】 / 営業利益は我が国の会計慣行に従い売上高から売上原価並びに販売費及び一般管理費を控除して算出したもので、事業構造改善費用・固定資産売廃却損益等は営業外損益として表記されている
出所:東芝 有価証券報告書 第167期・第168期・第169期〜第174期【事業の種類別セグメント情報】 / 営業利益は我が国の会計慣行に従い売上高から売上原価並びに販売費及び一般管理費を控除して算出したもので、事業構造改善費用・固定資産売廃却損益等は営業外損益として表記されている

東芝:従業員数と平均年収の推移

連結のうち提出会社以外(人)提出会社の従業員数(人)提出会社の平均年間給与(千円)
東芝:従業員数と平均年収の推移
(人) 連結従業員数提出会社の従業員数平均年間給与 備考
2003年3月期 165,77639,875− 従業員数は第167期【主要な経営指標等の推移】。給与は照合できていない
2004年3月期 161,28632,412− 同上
2005年3月期 165,03830,810− 同上
2006年3月期 171,98931,5957,660 平均年間給与は提出会社のみの開示で、連結の平均年収は開示がない
2007年3月期 190,70832,3097,823 北米でHD DVDプレーヤーを発売した期。連結は1年で1.9万人増えた
2008年3月期 197,71833,2608,036 HD DVD事業を終息した期。連結は増え続け、人員の削減は伴わなかった
2009年3月期 199,45633,5207,908
2010年3月期 203,88934,5397,451 景気後退で平均年間給与が7,451千円まで下がった
2011年3月期 202,63834,6867,783
2012年3月期 209,78436,7547,981 連結従業員数は20.9万人で、この時期の最多
2013年3月期 206,08735,7868,008
出所:東芝 有価証券報告書 第168〜174期【従業員の状況】 / 東芝 有価証券報告書 第167期(2006年3月期)【主要な経営指標等の推移】【従業員の状況】
出所:東芝 有価証券報告書 第168〜174期【従業員の状況】 / 東芝 有価証券報告書 第167期(2006年3月期)【主要な経営指標等の推移】【従業員の状況】

事業終息の条件

事業終息の条件
科目 概要 備考
終息した事業 HD DVD事業 現行のDVDプレーヤー及びレコーダーは従来どおり事業を継続した
終息を決めた理由 2008年に入ってからの事業環境の大幅な変化 これを受けて今後の事業戦略を総合的に検討した結果として決めた
事業の属した部門 デジタルプロダクツ部門 携帯電話、テレビ、DVDプレーヤ、DVDレコーダー、パソコン等を含む区分
事業終息費用(2007年度) 48,328百万円 費用に係る債務の大部分は2007年度のうちに支払われた
内訳:棚卸資産廃却損及び評価損 25,112百万円 内訳で最大。連結損益計算書上は主にその他の費用に計上した
内訳:その他長期性資産減損損失 11,614百万円
内訳:固定資産減損損失 5,094百万円
内訳:その他 6,508百万円
減損損失(2007年度) 16,959百万円 HD DVD事業の関連資産を主体とする長期性資産の減損。うち部門帰属分16,708百万円
HD DVD事業の売上高 274億円 2007年度。2006年度は140億円で、134億円の増収になった
HD DVD事業の営業損益 △602億円 2007年度。2006年度は△340億円で、262億円の悪化になった
HD DVD事業の税引前損益 △1,085億円 2007年度。うち事業終息費用△483億円。2006年度は△340億円
事業単位の財務報告 HD DVD事業のみのものはない 現行のDVD事業を継続するため、単独では区分した報告を行っていない
損益計算書上の位置づけ 連結営業外損益として表記 事業構造改善費用等と同じ扱い。連結営業損益には含めていない
出所:東芝 有価証券報告書 第169期(2008年3月期)【連結財務諸表注記】【事業の種類別セグメント情報】 / 2007年度決算説明会資料
出所:東芝 有価証券報告書 第169期(2008年3月期)【連結財務諸表注記】【事業の種類別セグメント情報】 / 2007年度決算説明会資料
参考文献

参考文献

参考
  • 東芝 決算説明会資料「2007年度連結決算」
  • 東芝 有価証券報告書「第169期(2008年3月期)【連結財務諸表注記】【事業の種類別セグメント情報】」
  • 東芝 有価証券報告書「第170期(2009年3月期)【事業の種類別セグメント情報】」
  • 東芝 有価証券報告書「第167期・第168期・第171期〜第174期【事業の種類別セグメント情報】」

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