この判断で目を引くのは、撤退の対象が不振事業ではなく成長分野だった点にある。チルド食品は毎年2桁近く伸びる市場であり、続ける理屈はいくらでも立った。それでも大塚社長は、伸びる市場かどうかではなく、その市場で自社が首位グループに入れるかどうかを基準に置いた。新規事業に5年という期限を切り、力のあるうちに畳むという考え方も、赤字が膨らんでから追い込まれて撤退する型とは順序が逆になっている。撤退の判断を合議に委ねず、始める時は皆で決め、やめる時はトップが決めると分けたところにも、その順序を守るための工夫がうかがえる。
もっとも、この方針が社内に根づくまでには4〜5年の停滞と、社長自身が挫折感と呼ぶほどの摩擦があった。新製品の数は売上と直結し、営業の日々の手応えとも結びついている。それを減らす判断は、数字の上では正しくても、現場では士気の低下として現れる。ハウス食品はその後も選択と集中を続け、2010年には自ら育てた首位商品まで手放した。何を残し何を畳むかという問いは、創業家出身ではない経営者が最初に引き受けた課題であり、以後の同社が繰り返し向き合ってきた主題であると思われる。