ハウス食品グループ本社壱番屋へのTOBによる子会社化と、外食を柱に取り込む選択
ルウを作って売る会社が、なぜカレーを出す店を買ったのか——家庭内調理の縮小に向き合った2015年の判断
- 概要
- 2015年10月30日、ハウス食品グループ本社が「カレーハウスCoCo壱番屋」を展開する壱番屋へのTOBを決議した。1株6,000円で最大301億2,660万円を投じ、所有割合を19.55%から51.00%へ引き上げる内容で、同年12月1日に成立し壱番屋を連結子会社とした。
- 背景
- 国内では固形ルウの需要が落ち、レトルトや外食へ食の外部化が進んでいた。売上高の約5割を占める国内カレー事業の不振で営業減益が続き、原材料の調達から販売までを自社で握る必要が意識されていた。
- 内容
- 2015年7月、壱番屋の浜島俊哉社長がハウス食品を訪ね、創業者の宗次徳二氏に株式売却の意向があると伝えたことが発端となった。買収後もルウの製造販売はハウス、レストランの運営は壱番屋という役割分担を敷き、中国と東南アジアへ日本式カレーを広げる構想を掲げた。
- 含意
- 2016年3月期の連結純利益は保有株式の評価益等により226億円と前期の3倍超になり、翌2017年3月期は壱番屋の通期寄与で売上高が2,838億円へ伸びた。以後もギャバン、マロニーと買収が続き、家庭用ルウ一本足からの転換が進んだ。
作る会社が、売る場所を持つということ
この買収には、二つの性格が重なっているとみることができる。ひとつは食品メーカーによる川下への進出であり、家庭で作られる回数が減るなら、外で食べられる場を自ら押さえるという判断にあたる。もうひとつは事業承継の受け皿としての役割で、話はハウス食品からではなく、創業者の意向を携えた壱番屋の側から持ち込まれた。40年にわたってルウを納め続けた関係があったからこそ、宗次徳二氏も浜島俊哉社長も渡す相手として迷わなかったと語っている。取引の積み重ねが買収の入口になった例といえる。
過半数を取りながら上場を残し、店舗の運営を壱番屋に委ねた設計にも、同社の距離の取り方が表れている。会社自身が買収直後の決算説明会で相乗効果をアイデアの段階と断ったように、買った時点で答えが用意されていたわけではない。海外でルウと店舗をどう噛み合わせるか、国内で外食の接点から何を持ち帰るかは、その後の運用に委ねられた。家庭用ルウで首位を保ってきた会社が、その首位が続く前提そのものを疑って外の柱を求めた——2015年の判断は、そう読むこともできる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
家で作られなくなるカレー
2010年代前半、カレーは家庭の外へ移りつつあった。市場ではレトルトカレーの生産量が増える一方、固形ルウは落ちている。壱番屋の浜島俊哉社長は2016年初頭、一人暮らしや二人暮らしの世帯が増えて食べ方が変わり、夕方の早い時間に高齢の夫婦が向かい合ってカレーを食べる光景が店で増えたと述べ、これを一般家庭がカレーを作らなくなった証しと受け止めていた。家庭内調理を前提とする商品を主力に置く会社にとっては、そのまま需要の目減りにつながる変化であった[1][2]。
業績にも表れていた。ハウス食品グループ本社の売上高は2012年頃から上向いたものの営業減益が続き、最大の要因は売上高の約5割を占める国内カレー事業の不振にあった。浦上博史社長は2009年の就任後、2010年に「六甲のおいしい水」事業をアサヒ飲料へ53億円で譲渡し、2013年5月には農産物輸出入のヴォークス・トレーディングを買収して原料の調達機能を強め、同年10月に持株会社体制へ移った。各事業の運営を事業会社へ委ね、本社が買収戦略に専念する形を整えている[3][4]。
40年続いたルウの取引先
壱番屋との関係は古い。1974年、宗次徳二氏が名古屋市内で開いた喫茶店にカレーを加える際、近隣のスーパーでルウを買い集めて食べ比べ、選んだのがハウス食品製であった。その4年後にCoCo壱番屋1号店が生まれ、以後ココイチのカレーソースはハウス食品から全量供給を受けている。1998年にはハウス食品が壱番屋の株式を取得し、2002年には創業家から一部を譲り受けて第2位株主となった。2004年6月には中国で共同のカレーレストラン会社を設立し、海外でも組んでいる[5][6]。
買収の対象となった壱番屋は、外食のなかでも数少ない好調企業であった。2015年12月末で国内1,228店(うちフランチャイズ1,048店)、海外152店の計1,380店を持ち、店舗数で2位とされる同業の約70店を大きく引き離していた。2015年5月期は売上高440億円、純利益27億円といずれも最高益で、客単価は895円と外食としては高い水準にあった。ご飯の量を14段階、辛さを12段階から選べる注文方式と約40種のトッピングが支持を集めていた[7]。
決断
創業者の意向と、301億円の公開買付け
話は壱番屋の側から持ち込まれた。2015年7月、浜島俊哉社長がハウス食品を訪ね、創業者が株を売却したい意向を持っており、考えがあれば話をまとめると伝えた。宗次徳二氏は2002年に53歳で経営を退いており、売却について、ためらいや執着はなく、精いっぱいやり尽くした達成感があり、何よりもいい後継者がいると語っている。浜島社長も記者会見で、創業者が亡くなったときのことも考え、株を安定的に持ってくれるハウス食品に任せるのがよいと述べた。事業承継の受け皿として、40年来の取引先が選ばれた形にあたる[8][9]。
ハウス食品グループ本社は2015年10月30日、壱番屋株式へのTOBを決議した。買付価格は1株6,000円、買付予定株数502万1,100株、買付予定金額は最大301億2,660万円で、買付期間は11月2日から12月1日までとした。所有割合は19.55%から51.00%へ上がる一方、壱番屋の上場は維持する設計であった。TOBは12月1日に成立し、有価証券報告書の沿革は同月の子会社化として記録している。過半数を取りながら上場を残す形は、外食の運営を壱番屋自身に委ね続ける意図と重なる[10][11][12]。
何を買ったのか——検証の場と、海外の役割分担
浦上博史社長は買収の狙いを二つに分けて説明している。ひとつは、顧客と直接の接点を持つ壱番屋を通じて、新しい価値や提案の成果を確かめる場を得ること。原材料の調達から販売までのバリューチェーンをできるだけ長く握らなければ、顧客の要望に応じて商品を作るだけの会社では生き残れないという見方に立っていた。もうひとつが海外で、ルウの製造販売はハウス食品、レストランの運営は壱番屋と役割を分け、中国だけでなく東南アジア各国へ日本式のカレー文化を広げる構想であった[13][14]。
もっとも、買収の効果について会社は慎重に語っていた。2015年12月の決算説明会で相乗効果を問われた会社側は、具体的な取り組みはこれから壱番屋と議論する段階であると断ったうえで、調達面では主力のカレーやスパイスの調達量が増えるとは考えておらず、それ以外の素材の可能性を議論したいと答えた。新規事業として取り組む「涙の出ないタマネギ」のような素材を店舗で使ってもらう可能性や、品質・技術面で協力した壱番屋のレトルト生産設備の有効利用を挙げ、いずれもアイデアの段階であると付け加えている[15]。
結果
連結の姿が変わった2年
買収は決算の姿をすぐに変えた。TOB成立を受けて、2016年3月期の連結純利益の見通しは従来予想の80億円から224億円へ引き上げられ、実績は226億円と前期の3倍を超えた。買い付け前から保有していた株式の評価益に加え、投資有価証券の売却益も計上している。同期の連結売上高は2,419億円、営業利益は108億円であった。壱番屋の売上が通期で乗った2017年3月期には、連結売上高が2,838億円、営業利益が123億円へ伸びている[16][17]。
一方で、のれんの負担も生じた。2016年度の計画は売上高2,890億円と前年比19.5%増を見込みながら、営業利益は102億円と5.3%の減益であり、壱番屋の子会社化に伴うのれん償却費の増加が理由に挙げられた。海外売上比率は2015年度末で10.8%にとどまり、2020年に20%という目標には距離があった。第5次中期計画では最大700億円の事業投資を予定し、2015年度の投資額を差し引いても約400億円の余地が残っていた[18][19]。
買収の連鎖と、事業構成の組み替え
壱番屋の子会社化は単発では終わらなかった。2016年6月、業務用スパイス大手のギャバンの株式を味の素から譲り受けて子会社化し、マレーシア・ペナンのスパイス加工工場による原料調達の相乗効果と、ホテル・レストラン向けの販路を得た。2017年8月にはマロニーを子会社化し、2022年9月には米国のキーストーンナチュラルホールディングス社を傘下に収めている。浦上社長は2016年の時点で、分野をあらかじめ決めず、中期計画の具現化に資すると判断すれば国内でも海外でも取り組むと述べていた[20][21]。
海外での役割分担も動き出した。2017年3月にイチバンヤUK社、2020年9月にイチバンヤインターナショナルUSA社が設立され、店舗網は欧米へも延びている。浦上社長は買収時、外食の専門である壱番屋のほうが海外展開の速度は速く、海外店舗のすべてがハウス食品というわけにはいかない、むしろ逆のほうが望ましいと語っていた。ココイチのブランドで市場を開いたうえで、ハウス食品のレトルトカレーを売り込むという順序である。中国で1997年から続けてきたカレー普及の取り組みに、店舗という経路が加わった[22][23]。
- 週刊東洋経済 2016年1月22日号「巻頭特集 孤高のココイチここにあり!」
- 週刊東洋経済 2016年7月23日号「深層リポート ハウス(好侍) カレー「人民食」化計画!」
- 週刊東洋経済 2016年7月23日号「インタビュー ハウス食品グループ本社社長 浦上博史 ハウス×ココイチで東南アジアを攻める」
- M&A Online(2015年10月30日)「ハウス食品グループ本社<2810>、壱番屋<7630>をTOBで子会社化」
- 日本経済新聞(2015年12月2日)「ハウス食品、16年3月期の純利益3.2倍に 壱番屋のTOB成立」
- ハウス食品グループ本社 決算説明会 質疑応答(2015年12月4日)
- ハウス食品グループ本社 有価証券報告書 第79期(2025年3月期)【沿革】