筆者の見解
撤退を設計するという経営
この判断の芯は、撤退を追い込まれてからの後始末ではなく、余裕のあるうちに設計する対象として扱った点にある。ヒット商品でフル操業のさなかに畳むという選択は、目先の利益だけを見れば惜しく映る。だが賃金上昇と労働力不足という流れが変わらない以上、体力が残るうちに退職金を払い、政府や従業員との関係を保ちながら移すほうが、傷は浅い。撤退の理由がはっきりしていても実行が難しいのは人の解雇が伴うからで、そこを事前の根回しと再雇用で和らげた運びには、引き際までを一つの経営行為として組み立てる周到さがうかがえる。
もっとも、円満に映る撤退の裏には、生産を絶えず低コストの地へ移し続ける多国籍メーカーの宿命もある。シンガポールを去ったトミーは、タイやバタム島へ生産を移したが、記事自身が指摘するように人件費上昇はタイでも同じであった。どこで作るかを繰り返し問い直す経営は、いずれまた次の撤退を設計する場面を迎える。1992年のシンガポール撤退は、その連鎖のなかで、去り方の作法を残した一例であったと思われる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月