トクヤマセメント・固化材の国内販売事業の太平洋セメントへの譲渡と、製造停止の検討着手

88年続いた「第2の祖業」をいつ畳むか——廃棄物処理の要として持ち続けるか、引き受け手がいるうちに手放すか

時期 2026年3月
意思決定者(推定) 横田浩・井上智弘 社長・取締役 常務執行役員 経営企画本部長
論点 セメント事業の継続と撤退の時期
概要
2026年3月25日、トクヤマがセメント・固化材の国内販売事業と連結子会社2社の株式を新設の完全子会社へ吸収分割で移し、その全株式を太平洋セメントへ370億円で譲渡すると決めた経営判断である。承継が完了する2028年度を目途に、セメントおよび固化材の製造を停止する検討にも着手した。
背景
セメントは1938年、ソーダ灰の製造工程で出るマッドと自家発電の石炭灰を再資源化する目的で始まった事業であった。国内需要は1990年度の約8,629万トンをピークに減り続け、それでも他製品の廃棄物を原料に変えられる利点から、収益がマイナスでも閉じない事業として続いてきた。
内容
2023年4月にキルン1系列停止の検討を開始し、2024年4月に3系列のうち1系列を止めて2系列体制へ移った。2026年3月には国内販売事業と子会社2社を切り出して太平洋セメントへ譲渡することを決め、2026年10月1日のクロージング後は南陽工場で製造したセメントをOEM価格で供給する形へ移る。
含意
セメント生産に伴う年間約280万トンのCO2が2028年度に消える見込みで、2030年度のGHG削減目標は前提を超える水準へ動く。一方でキルンは当面有姿除却のまま残り、跡地の活用は未定であった。化成品・電子先端材料・ライフサイエンスへ資源を寄せる転換の到達点にあたる。
筆者の見解

引き受け手が残っているうちに

損益だけで見れば、セメントはとうに沈んでいた事業であった。それでも閉じない理由として2022年に挙げられたのが、他製品の廃棄物を原料に変えられるという徳山製造所の内部循環であり、収益のマイナスを上回る便益がそこにあるとされていた。畳む判断は、その便益が消える一点を先回りして見つけたところから出ている。キルンが1本になれば廃棄物処理の役割は果たせず、そのときには買い手も残っていない——井上智弘氏が語った危機意識は、事業の寿命ではなく交渉相手の有無を時間軸に置いた見方であったとみられる。

ただ、この整理で片づかないものも残っている。キルンは当面有姿除却のまま置かれ、転用の具体案はこれからで、跡地の活用は未定であった。社外から受け入れてきた廃棄物は品目ごとに排出元と協議するとされ、行き先がすべて決まったわけではない。年間約280万トンのCO2が消えるという数字の明快さに比べ、設備と地域に残る部分の輪郭はまだ薄い。第2の祖業を手放して身軽になった徳山製造所に何を据えるのかは、本稿の時点では示されていない。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

廃物の始末として始まった第2の柱

セメントは、ソーダ灰をつくる過程で出る廃物の始末から始まった事業であった。アンモニア法によるソーダ灰の製造では炭酸カルシウムを主成分とするマッドが大量に発生し、自家発電設備からは石炭灰が出る。これらを主原料として再資源化する目的で、徳山曹達は1938年3月、徳山工場に1号キルンを据えて湿式法の普通ポルトランドセメント製造を始めた。副生物の処分先という出自が、この事業の性格を最後まで決めていた[1][2]

1960年には徳山製造所内にセメント専用の南陽工場が完成し、エネルギー効率を上げるための製法転換と品種の多様化を重ねて、高度経済成長期の港湾・道路・住宅の需要を取り込んだ。単一工場としては国内有数の規模へ育ち、化成品と並ぶ柱になる。潮目が変わったのは1990年度で、国内のセメント需要は約8,629万トンを頂点に減少へ転じ、その後30年余り反転しなかった[3]

損得だけでは止められない装置

需要が細っても、この事業は損得だけで止められる性質のものではなかった。2022年10月、同業他社の事業譲渡や工場閉鎖の報道を受けてキルン3本体制の是非を問われた横田浩社長は、セメントを徳山製造所のインテグレーションの要の一つと位置づけ、他の製品の廃棄物を原料にできる利点を挙げたうえで、当面この事業を閉じることは考えていないと答えている[4]

ただし同じ場で、キルン3本体制を保ち続けるかどうかは市場と収益動向を見て柔軟に対応するという含みも残されていた。翌2023年10月には、前年度のフリーキャッシュフローが大きく落ち込んだのを受けて設備投資を絞り込み、とりわけセメントで厳しい査定を行ったと説明している。閉じないという言明と、投資を止めるという実務は、同じ時期に並んで進んでいた[5][6]

決断

3系列から2系列へ

2023年4月28日、トクヤマはセメントキルン1系列停止の検討開始を公表した。徳山製造所南陽工場が抱えるキルンは3系列、クリンカ製造能力は合わせて年454万トンで、国内需要の漸減と原燃料価格の高止まりを理由に、適正な生産体制を組み直す検討へ入るとした。同日の決算電話カンファレンスでは、生コンや二次製品まで流通の裾野が広い製品だけに検討は短期間で終えたいこと、止める場合は有姿除却の方向になることが説明されている[7][8]

結論は1年後に出た。2024年4月26日、同社はキルン2系列の生産体制が最適であると判断し、1系列を停止したと発表する。挙げられた理由は、直近の国内需要の急激な減少、製造設備の維持に必要な固定費の上昇、そして外部への影響であった。3系列のうち1系列を落としながら、国内向けセメント販売への影響はないと付記された点に、抱えていた能力と実需の隔たりがうかがえる[9]

畳む順序を逆算する

2026年3月25日、取締役会は、セメント・固化材の国内販売事業とトクヤマ通商・トクヤマエムテックの全株式を新設の完全子会社へ吸収分割で承継させ、その発行済株式のすべてを太平洋セメントへ譲渡すると決めた。譲渡金額は370億円、分割対象事業の売上高は2025年3月期で447億円と連結の13.0%にあたる。効力発生と譲渡実行はいずれも2026年10月1日を予定し、承継が完了する2028年度を目途に製造停止の検討へ進むとされた[10][11]

同日の質疑応答で、次期社長への就任が決まっていた取締役常務執行役員の井上智弘氏は、ソーダ灰の開始から20年後に始まり事業開始から88年になるこの事業を「第2の祖業」と呼び、今回の決断を断腸の思いと語った。理由として挙げたのは、キルン1本体制になれば社内廃棄物処理の役割を十分に果たせず、しかもそのタイミングで譲渡しようとしても引き受ける相手がいないのではないか、という危機意識であった[12]

結果

消える排出量と、残る設備

この撤退が最も大きく効くのは、損益よりも排出量であった。セメントは1トンの製造で約800キログラムのCO2を出し、プロセス由来と原燃料由来を合わせて年間約280万トンが同社から排出されていた。2028年度の製造停止に伴ってこれがゼロになる見込みで、2019年度比30%削減という2030年度のGHG目標は、譲渡を織り込まないまま立てた計画に対して30%以上の削減が見込まれる水準へ動く[13]

一方で、跡に残るものの始末は決まっていない。キルンはできれば転用したいとしつつ、当面は有姿除却の形を取り、解体する場合も一挙には進めずキャッシュアウトを抑える方針が示された。南陽工場で処理してきた社内廃棄物は概ね全量を太平洋セメントが引き受けることで合意し、社外から受け入れてきた廃棄物は品目ごとに排出元と協議するとされている[14][15]

雇用の扱いと、まだ終わらない手続き

雇用については、セメント製造に携わる従業員は配置転換を含めてグループ内で吸収し、山口県外への転出は考えていないと明言された。販売に携わってきた社員は一定期間、新会社へ出向して顧客との取引関係の維持にあたる。会社は中期経営計画2025で電子・健康・環境を成長事業と定め、2030年度に成長事業の売上高比率60%以上を掲げており、この譲渡はその資源配分の裏側にあたる[16][17]

もっとも、本稿の時点で取引そのものは完了していない。株式譲渡の実行日は2026年10月1日の予定で、国内の競争法その他の法令に基づくクリアランスの取得が条件になっている。製造の停止も2028年度を目途とした検討の段階にとどまり、クロージング後は南陽工場でセメントを製造して太平洋セメントへOEM価格で販売する期間が挟まる。撤退は決まったが、まだ終わっていない[18][19]

出典・参考

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