この転換の要点は、新しい領域へ打って出た積極性よりも、広げた事業をどこまで手放せるかという撤退の徹底にあっただろう。ランバクシーで嫌ったはずの単品依存や巨額投資のリスクは、後発薬を続けても新薬に絞っても形を変えて残った。中山讓治社長は、競争劣位に立ちやすい二正面作戦を畳み、得意領域へ資源を配分する道を選んだ。四つの柱を掲げて広げた経営を自ら巻き戻す判断は、掲げるより畳むほうが難しいという経営の機微を示しているようにもみえる。
もっとも、絞り込んだ先ががんであった必然を、当時の材料だけから読み取るのは難しい。社内で細々と続いていたADC研究が世界的な大型薬へ育ったのは、技術の筋のよさに加え、少なからぬ幸運も働いた結果だったとみられる。選択と集中は、外れれば単なる退却として記憶されたはずで、エンハーツの成功があってはじめて先見の一手として語られている面は否めない。戦略の是非より、退く決断と育てる技術がたまたま噛み合った巡り合わせこそが、この転換の実相に近いのかもしれない。