上場企業の経営論点

上場企業の経営論点>事業ポートフォリオ

垂直統合と内製化

戦後の流通で価格を決めていたのは製造業であった。メーカーは自社の販売会社を通じて系列の小売店へ商品を供給し、卸から店頭までの価格体系を、自ら定めた基準価格である建値で維持した。出荷量も値引き幅もメーカーが管理していたため、廉売を試みる小売店はやがて仕入れそのものを絞られた。したがって小売に残された工夫は、立地の選定と人件費の抑制と在庫回転に限られ、売価を下げる手段は仕入価格の交渉以外になかった。小売の利益は仕入価格と売価の差で決まり、商品の仕様にも原価にも関与しなかった。何を製造し、いくらで販売するかは、店頭に並ぶ前に決まっていた。

この構造が緩む契機は円高だった。内外価格差が問題になったのは、同じ商品の海外での販売価格が国内に知られたためである。輸入品が安く流入すれば、建値に基づく価格体系は維持できない。さらに1991年からの消費の減退が重なり、値下げをしない店は顧客を失った。1990年代半ばにかけての値下げの広がりは、価格を動かす要因が円相場から個々の企業の判断へ、さらに市場の競争へ移った過程でもある。

小売が自ら価格を決めるには、仕入条件の交渉ではなく、生産まで遡るほかない。折しも1990年前後にアジアへの生産移転が本格化し、日本の小売が自社企画で海外に生産を委託する条件も整っていた。ファーストリテイリングは1988年に香港経由の直接調達へ移行し、ABCマートは韓国での生産委託で企画から販売までを掌握した。ニトリはインドネシアで自社生産を始め、神戸物産は製造から販売までを自社で担う製販一体の業態を確立している。しまむらは電算と物流を内製して低コストの運営体制を構築した。

一方、製造業の垂直統合は目的が異なる。タカタはインフレータまで含めてエアバッグを内製し、キヤノンは御手洗冨士夫氏の下で外部依存を排した。外部に委託していた工程を自社へ戻したのは、価格を決めるためではなく、原価の内訳と品質の責任を自社で引き受けるためである。同じ垂直統合でも、小売が川上へ遡って得たのは価格の決定権であり、製造業が工程の内製化で得たのは原価の内訳だった。

財務諸表のどこを見るか

売上原価率と棚卸資産の回転期間を並べて見る。内製化を進めれば外注費が固定費へ移り、原価率は下がる一方で有形固定資産と減価償却費が増加する。小売が生産まで抱えると在庫が自社に積み上がるため、棚卸資産と評価損の推移が要点になる。設備投資額の内訳で、どの工程に資金を入れたかを確かめる。合弁で川上を押さえた場合は持分法投資損益と関係会社の状況に現れる。

2020年代

2026年デンソーローム株式取得提案の撤回パワー半導体の垂直統合をめざした株式取得提案と、その取り下げ2026年ノジマ日立GLS家電事業の80.1%取得販売店による日立ブランド家電メーカーの取り込みと国内外の一本化2025年大和ハウス工業住友電設をTOBで買収データセンターの電気設備工事をグループで担うための完全子会社化2025年タイミースキマワークス買収全株式の取得による、物流倉庫の業務請負分野への進出2025年三菱商事米エーソンの全持分取得5,200百万米ドルを投じて米国シェールガスの上流を押さえる資本配分の入れ替え2025年ソフトバンクG米Ampere買収で半導体強化米国の半導体設計会社を65億ドルで取り込む事業基盤の強化2024年円谷フィールズHDソフィアの子会社化持株会社ごとの取り込みによる、エース電研の傘下入り2024年スギHD阪神調剤グループの買収調剤薬局大手I&Hを取り込んだ買収による調剤事業の急拡大2024年SGHDC&Fロジを競合TOBで買収AZ-COM丸和の先行提案を上回る価格での低温物流会社の完全子会社化2024年東宝サイエンスSARUとGKIDSの子会社化制作から北米配給までのグループへの取り込み2023年大成建設ピーエス三菱をTOBで買収上場を残した過半取得と負ののれん2023年みずほFG米グリーンヒル買収買収による、M&A助言機能を自社内へ取り込む体制づくり2023年東京ガスロッククリフの全株取得米国でシェールガスを開発・生産する会社の完全子会社化2022年飯田GHDRFPグループを買収ロシア極東の林業大手19社の取り込みと、侵攻直後の暗転2022年パナソニックBlue Yonder買収し持株会社制大型買収を機に事業ごとを独立させる「事業会社制」への組み替え

2010年代

2019年中部電力JERAへの既存火力発電事業統合国内火力発電事業の全面移管による発電資産の切り出し2019年大阪ガス米サビンの全株取得自主探鉱での減損を経た、シェールガス開発会社の全株式の取得2018年オープンハウスGホーク・ワンを買収準都心部の同業の子会社化による、首都圏での戸建の事業エリアの拡大2018年豊田通商Orocobreへの出資リチウム・電池材料の川上資源確保——トヨタの電動化と一体の非鉄投資2017年高砂熱学工業インテグレーテッド社を子会社化空調専業としての「熱学」特化とクリーンルーム技術の内製化2017年ペプチドリーム合弁でペプチスター設立塩野義製薬・積水化学工業と三社で担う原薬製造の内製化2016年出前館「シェアリングデリバリー」開始注文の取次にとどまらず配達まで担う、事業範囲の拡大2016年FPG1口1,000万円の不動産商品信託機能を用いた不動産小口化商品の提供開始と、国内不動産ファンド事業の主力化2016年ライフコーポレーション「ビオラル」業態の創出価格ではなく有機・自然派で選ばれる売り場の、店・商品・調達の三層での自前化2015年S FoodsAURORA PACKING買収買収による米国食肉処理拠点の二か所化と、現地生産体制の拡張2015年ハウス食品G本社壱番屋の公開買付けによる子会社化家庭用ルウの伸び悩みを補う、カレー専門店の過半取得2015年TOKYO BASEUNITED TOKYO業態開始海外輸入が主流の業界での逆張り——全量国産・高原価率の自主企画SPA2015年LINEヤフーアスクルの連結子会社化対価を払わずに得た支配と、抱えた親子上場の統治問題2015年FPGAMENTUM社へ出資アイルランドの航空機リースマネジメント会社を子会社化し、航空機投資管理サービス事業へ進出2014年飯田GHDファーストウッドを子会社化一社の取り込みを起点とした、建材・木材の垂直統合への踏み出し2014年伊藤忠エネクス大阪カーライフグループ買収買収を足がかりとした、自動車ディーラー事業への本格参入2013年神戸物産ジー・コミュニケーション取得クックイノベンチャーを買収主体にした外食10社の取り込みと外食への本格参入2013年伊藤忠商事米ドール事業の買収加工食品事業とアジア青果事業をまとめて取り込む食料分野の拡大2012年富士電機持株会社体制の解消純粋持株会社への移行と、9年後の事業会社への再統合2012年ミスミG本社デイトン買収で金型機能獲得米Dayton Progress・Anchor Lamina買収による金型部品の製造機能取り込み2011年阪和興業「そ・こ・か」戦略古川弘成社長のM&A+A2011年千葉銀行ちばぎん証券を完全子会社化株式交換による証券子会社の取り込みと、証券業務の内製化2010年日本冶金工業川崎・大江山を吸収合併川崎・大江山の分社実験と、2010年の本体一体運営への回帰

2000年代

2009年三菱ケミカルG三菱レイヨンの子会社化公開買付けと株式交換の二段で2,126億円を投じた、MMAと炭素繊維の取り込み2009年JFEHDJSWスチールと提携インド市場への足がかりとしての、地場鉄鋼会社との包括的な協業2008年神戸物産ウエボス・ターメルトフーズ取得経営不振の食品メーカーを買収し続けた国内自社工場網の構築2007年スカパーJSATJSATとの経営統合株式移転による衛星会社宇宙通信の子会社化2006年シップヘルスケアHDセントラルユニを買収東証二部上場と、買収を通じた院内設備事業の新たな取り込み2006年サイバーエージェントエンジニア採用本格化人材の積み増しを通じた、外部依存から開発体制の内製化への転換2006年三井海洋開発米SOFEC社を買収借りていた係留技術を自社のものにする全株式取得2006年モスフードサービスサングレイスへの資本参加農業生産法人産地合弁への参入2005年新日本石油帝国石油株を買い増し国際石油開発との経営統合案への反対と、20%超まで持分を高めた対抗2005年ゼンショーHDMMD戦略の確立M&Aによる多業態フードチェーンの構築2005年スクウェア・エニックスHDタイトーの完全子会社化株式公開買付けによる完全取得と「100%保有戦略」の始動2005年ミスミG本社駿河精機の取り込み持株会社移行による流通専業からの転換2004年住友化学「ラービグ」への進出サウジ・アラムコとの折半出資による石油精製と石油化学の一体運営2004年シャープ亀山モデルへ集中投資材料から完成品までを一つの拠点で生産する液晶一貫生産への賭け2004年ソフトバンクG日本テレコムの買収個人向けADSLの会社による、法人に強い固定通信事業者の全株式取得2003年セーレン自社製品への転換下請け染色からの脱却と、自動車内装材・一貫生産への業態転換2003年JFEHD広州鋼鉄と合弁生産無名の地場企業と組んだ中国での自動車用鋼板の現地生産と垂直分業2003年東宝ヴァージン・シネマズ買収シネマコンプレックス網の取り込みによる映画興行の自社一元化2002年ユナイテッドアローズ自主企画レーベルで東証上場複数レーベルの併走と、デザイン主体の商品づくりへの移行2002年リロGリロケーション・ジャパン転貸開始借上社宅の転貸事業への進出2001年オープンハウスG創建ビルド取得で自社開発へ仲介専業から自社土地仕入・建物建築への転換2000年神戸物産製販一体モデルの確立食のSPAと呼ぶ、製造から販売までを自社で担う業態の確立2000年スギHD東海を足場に調剤併設化廉価販売によらない調剤併設ドラッグストアへの業態転換

1990年代

1999年しまむら電算と物流の自社開発自前主義のローコスト経営——電算と物流を内製して築いた「しまむらモデル」1996年大東建託大東ファイナンス設立で垂直統合賃貸経営に付随する仕事を外へ出さずグループ内で内製化する囲い込み1996年ナカニシエヌエスケーナカニシの吸収合併販売代理店の取り込みと社名変更による製造・販売の一社統合1995年キヤノンキャッシュフロー重視の経営連結経営への移行と、外部依存を排する自前主義への転換1995年ゴールドウインノース・フェイス商標取得日本と韓国という二つの市場を対象とした商標権の確保1994年三菱石油ベトナムで原油探鉱に進出南部沖「15-2」鉱区の取得と、自社オペレーターとしての操業への転換1994年コロワイド鎌倉キッチン配送センターの新設逗子工場の閉鎖と、製造と配送を担うセントラルキッチンへの移行1994年ユニ・チャーム「ムーニーマン」の開発価格競争を退け、パンツ型紙おむつを3段階で開発して市場の構造を変革1994年ニトリインドネシアで自社生産開始製造物流小売(SPA)への転換と海外自社生産1993年村田製作所海外移転によらない円建て輸出輸出取引の円建てへの統一と、生産設備まで自前で開発する国内生産の維持1992年ジャパンエナジー共同石油と合併合併による石油精製・販売の一社化と、国内供給体制の再編1991年日本ハムワイアラ牧場買収と豪州の食肉垂直統合牛肉輸入の自由化を前にした、肉牛の飼育から処理・輸入までの自社化1990年ABCマート韓国生産委託でSPA化ライセンス取得を足がかりにしたカジュアルシューズの企画から販売までの一貫化1990年三菱レイヨンコートルズ・グラフィル買収炭素繊維での成形品重視の川下路線と、米プリプレグ・原糸2社の買収

1980年代

1989年ホクト柳原きのこセンター設置きのこ栽培資材の供給から自社量産への転換と、消費地への生産センター開設1989年S FoodsFREMONT BEEF設立牛肉の輸入自由化を前にした、丸紅との合弁による米国の加工拠点1989年フューチャー独立系ITコンサル創業「業務とITの一体設計」を掲げた事業の立ち上げと、系列に属さない立場の選択1989年ソニーコロンビア映画を買収CBSレコードに続く連続買収と、ハードとソフトの垂直統合1988年オカムラJTとの合弁設立たばこ工場を机の工場へ転用した、異業種同士の組み合わせによる生産の立ち上げ1988年ファーストリテイリング香港経由の直接調達製造小売業(SPA)の原型づくり1987年タカタ愛知川製造所でエアバッグ量産シートベルト専業からの参入と、ガス発生装置まで含む自社生産の体制1983年DCMHDIBMシステム38の導入計算機と物流センターを組み合わせた、商いの土台づくり1982年山崎製パンサンエブリーをデイリーヤマザキ化自前のコンビニ網の構築による小売チャネルの内製化1981年キユーピー卵黄レシチンでファインケミカルへ進出マヨネーズの卵を医薬品や化粧品の原料にも加工する事業の開始1980年カルビーカルビーポテト設立で原料内製化主原料を小麦から芋へ転換した、調達までさかのぼる垂直統合1980年フジクラ光ファイバと融着接続機への投資共同研究のファイバ技術とは別の、接続装置の自社開発

1970年代

1978年東北電力日本海エル・エヌ・ジー設立石油専焼火力への依存を改めるLNGへの燃料転換1977年安宅産業NRC製油所への投資破綻単一事業への傾斜投資が招いた、戦後最大級の商社破綻1976年信越化学工業シンテックの完全子会社化テキサス立地を軸とした、原料から塩ビまでの自前での押さえ込み1976年ユニオンツール新潟県長岡に拠点集約本社工場の機能を新設工場へ全面移転する生産体制の一本化1976年ホリプロタレントスカウトキャラバン創設新人発掘の他社番組依存からの転換と、全国公募オーディションの創設1975年日本軽金属HD日軽アルミ吸収で垂直統合アルミ製錬の拡張計画の撤回と、減量経営・垂直統合への転換1975年ディスコダイシングソーを自社開発切断装置の自社開発と、砥石・装置・使い方を一社で担う体制への転換1974年オービック自社開発ソフトへ転換商号変更に合わせた会計機販売から情報処理サービスへの業態転換1974年野村マイクロ・サイエンスアクアメディア社から技術導入米GE製ろ過膜の輸入販売から超純水製造システムへの転換1972年キユーピー中島董商店の販売網継承半世紀続いた製販分離の解消と、販売先を自ら確保する自社販売への切り替え1970年日本触媒SAP市場への後発参入アクリル酸の国産化と後発参入を結び付けた原料一貫戦略の確立1970年神戸製鋼所加古川製鉄所を新設灘浜での自社高炉の建設と尼崎製鉄の吸収合併を経た、一貫製鉄体制の完成

1960年代

1950年代

1959年三菱電機北伊丹工場の新設半導体量産専門工場・西条・高知への量産設備の拡大1958年明治製菓カナマイシンの工業化梅沢浜夫博士の抗生物質の培養から製剤までの一貫生産1957年リンナイ赤外線ガスバーナー参入独シュバンク社との技術提携を足がかりとした新分野への進出1956年神崎製紙阿南に富岡工場建設広葉樹100%のパルプから加工紙までの一貫生産への移行1956年東映アニメーション日動映画買収し専属化短編の外注先だった制作会社を長編漫画映画の自前スタジオへ改組1953年出光興産イランから石油輸入を断行国際石油カルテルに抗した民族系独立路線の確立1953年住友金属工業小倉製鋼と合併合併による銑鋼一貫体制の確立と、一貫メーカーとしての出発1952年日本軽金属HDアルミニウム社と資本提携カナダ大手との技術援助契約の締結と、増資新株の引き受けによる資本の受け入れ1951年川崎製鉄千葉製鉄所を建設製鉄所の新設による、平炉メーカーから銑鋼一貫メーカーへの転換1951年オルガノローム・アンド・ハースと提携イオン交換樹脂アンバーライトの日本総代理店化1951年九州電力日本発送電の解体で発足電気事業再編成令による九州一円の発送配電一貫会社としての設立1950年三井金属神岡鉱業として独立三井鉱山からの金属部門の切り離しと、東京証券取引所への上場1950年村田製作所部品専業への特化原料と生産設備の内製化による垂直統合の構築と、完成品分野への不参入

1940年代

1930年代

1920年代

1910年代

1890年代

1780年代

1670年代

掛け合わせで見る

技術の内製化と外部調達26事例

2025年ソフトバンクG米Ampere買収で半導体強化米国の半導体設計会社を65億ドルで取り込む事業基盤の強化2017年高砂熱学工業インテグレーテッド社を子会社化空調専業としての「熱学」特化とクリーンルーム技術の内製化2006年三井海洋開発米SOFEC社を買収借りていた係留技術を自社のものにする全株式取得2003年セーレン自社製品への転換下請け染色からの脱却と、自動車内装材・一貫生産への業態転換1994年三菱石油ベトナムで原油探鉱に進出南部沖「15-2」鉱区の取得と、自社オペレーターとしての操業への転換1994年ユニ・チャーム「ムーニーマン」の開発価格競争を退け、パンツ型紙おむつを3段階で開発して市場の構造を変革1993年村田製作所海外移転によらない円建て輸出輸出取引の円建てへの統一と、生産設備まで自前で開発する国内生産の維持1987年タカタ愛知川製造所でエアバッグ量産シートベルト専業からの参入と、ガス発生装置まで含む自社生産の体制1981年キユーピー卵黄レシチンでファインケミカルへ進出マヨネーズの卵を医薬品や化粧品の原料にも加工する事業の開始1980年フジクラ光ファイバと融着接続機への投資共同研究のファイバ技術とは別の、接続装置の自社開発1975年ディスコダイシングソーを自社開発切断装置の自社開発と、砥石・装置・使い方を一社で担う体制への転換1974年オービック自社開発ソフトへ転換商号変更に合わせた会計機販売から情報処理サービスへの業態転換1974年野村マイクロ・サイエンスアクアメディア社から技術導入米GE製ろ過膜の輸入販売から超純水製造システムへの転換1970年日本触媒SAP市場への後発参入アクリル酸の国産化と後発参入を結び付けた原料一貫戦略の確立1968年アリアケジャパン畜産エキスの自社製造アサリエキスの卸売からの離脱と、原料から製造・販売する側への転身1963年オークマNC装置「OSP」開発制御装置の内製化による、機械と制御を一体で設計する体制の構築1962年曙ブレーキ工業ベンディックス提携と岩槻製造所岩槻製造所への資本金数倍の投資1959年三菱電機北伊丹工場の新設半導体量産専門工場・西条・高知への量産設備の拡大1958年明治製菓カナマイシンの工業化梅沢浜夫博士の抗生物質の培養から製剤までの一貫生産1957年リンナイ赤外線ガスバーナー参入独シュバンク社との技術提携を足がかりとした新分野への進出1952年日本軽金属HDアルミニウム社と資本提携カナダ大手との技術援助契約の締結と、増資新株の引き受けによる資本の受け入れ1951年オルガノローム・アンド・ハースと提携イオン交換樹脂アンバーライトの日本総代理店化1950年村田製作所部品専業への特化原料と生産設備の内製化による垂直統合の構築と、完成品分野への不参入1943年日本冶金工業大江山ニッケル工業合併合併によって進めたニッケル原料の内製化と上流工程の取り込み1933年アズビル大森で計器メーカーへ転換輸入商から自社製造へ踏み出した製作所の開設と、商いから工業への軸足移動1931年三菱石油米アソシエイテッド石油と合弁設立外資との折半出資による三菱石油の設立と、川崎製油所の建設

隣接領域の内製化20事例

2024年円谷フィールズHDソフィアの子会社化持株会社ごとの取り込みによる、エース電研の傘下入り2016年FPG1口1,000万円の不動産商品信託機能を用いた不動産小口化商品の提供開始と、国内不動産ファンド事業の主力化2016年ライフコーポレーション「ビオラル」業態の創出価格ではなく有機・自然派で選ばれる売り場の、店・商品・調達の三層での自前化2014年伊藤忠エネクス大阪カーライフグループ買収買収を足がかりとした、自動車ディーラー事業への本格参入2013年神戸物産ジー・コミュニケーション取得クックイノベンチャーを買収主体にした外食10社の取り込みと外食への本格参入2005年ゼンショーHDMMD戦略の確立M&Aによる多業態フードチェーンの構築1996年大東建託大東ファイナンス設立で垂直統合賃貸経営に付随する仕事を外へ出さずグループ内で内製化する囲い込み1994年ユニ・チャーム「ムーニーマン」の開発価格競争を退け、パンツ型紙おむつを3段階で開発して市場の構造を変革1987年タカタ愛知川製造所でエアバッグ量産シートベルト専業からの参入と、ガス発生装置まで含む自社生産の体制1982年山崎製パンサンエブリーをデイリーヤマザキ化自前のコンビニ網の構築による小売チャネルの内製化1981年キユーピー卵黄レシチンでファインケミカルへ進出マヨネーズの卵を医薬品や化粧品の原料にも加工する事業の開始1980年フジクラ光ファイバと融着接続機への投資共同研究のファイバ技術とは別の、接続装置の自社開発1970年日本触媒SAP市場への後発参入アクリル酸の国産化と後発参入を結び付けた原料一貫戦略の確立1968年旭化成水島コンビナート建設売上高に匹敵する1000億円を投じた石油化学への本格進出1965年ホリプロ東京音楽出版の設立放送局系列の音楽出版会社への楽曲著作権譲渡の不採用1961年SMCエア三点セット製造へ転換焼結フィルターから空気圧補助機器の製造への転換と、主要機構の内製化1956年東映アニメーション日動映画買収し専属化短編の外注先だった制作会社を長編漫画映画の自前スタジオへ改組1929年伊藤忠商事呉羽紡績の創立繊維商社から工業(紡績)経営への進出1897年住友電工住友伸銅場を開設日本製銅の買収を足がかりとする銅線製造事業の立ち上げ1896年東京建物安田善次郎による設立月賦建築請負・担保貸付・売買仲介を1社で手がけた不動産金融の始まり

内製化への設備投資19事例

2017年ペプチドリーム合弁でペプチスター設立塩野義製薬・積水化学工業と三社で担う原薬製造の内製化2004年シャープ亀山モデルへ集中投資材料から完成品までを一つの拠点で生産する液晶一貫生産への賭け1994年コロワイド鎌倉キッチン配送センターの新設逗子工場の閉鎖と、製造と配送を担うセントラルキッチンへの移行1989年ホクト柳原きのこセンター設置きのこ栽培資材の供給から自社量産への転換と、消費地への生産センター開設1983年DCMHDIBMシステム38の導入計算機と物流センターを組み合わせた、商いの土台づくり1978年東北電力日本海エル・エヌ・ジー設立石油専焼火力への依存を改めるLNGへの燃料転換1976年ユニオンツール新潟県長岡に拠点集約本社工場の機能を新設工場へ全面移転する生産体制の一本化1970年神戸製鋼所加古川製鉄所を新設灘浜での自社高炉の建設と尼崎製鉄の吸収合併を経た、一貫製鉄体制の完成1968年旭化成水島コンビナート建設売上高に匹敵する1000億円を投じた石油化学への本格進出1964年キユーピー年4万トンの割卵体制4工場での割卵と全販連60%・3年契約による鶏卵調達網の掌握1962年曙ブレーキ工業ベンディックス提携と岩槻製造所岩槻製造所への資本金数倍の投資1959年三菱電機北伊丹工場の新設半導体量産専門工場・西条・高知への量産設備の拡大1958年明治製菓カナマイシンの工業化梅沢浜夫博士の抗生物質の培養から製剤までの一貫生産1956年神崎製紙阿南に富岡工場建設広葉樹100%のパルプから加工紙までの一貫生産への移行1956年東映アニメーション日動映画買収し専属化短編の外注先だった制作会社を長編漫画映画の自前スタジオへ改組1951年川崎製鉄千葉製鉄所を建設製鉄所の新設による、平炉メーカーから銑鋼一貫メーカーへの転換1951年九州電力日本発送電の解体で発足電気事業再編成令による九州一円の発送配電一貫会社としての設立1919年日清紡HD岡崎紡績を買収宮島清次郎氏による同業紡績の連続買収と大規模工場の新設1914年ニチロ北洋サケ・マス漁場取得米国式缶詰機械の導入によるサケ缶詰の量産化への踏み切り

内製化による祖業の転換17事例

2019年中部電力JERAへの既存火力発電事業統合国内火力発電事業の全面移管による発電資産の切り出し2016年FPG1口1,000万円の不動産商品信託機能を用いた不動産小口化商品の提供開始と、国内不動産ファンド事業の主力化2005年ミスミG本社駿河精機の取り込み持株会社移行による流通専業からの転換2003年セーレン自社製品への転換下請け染色からの脱却と、自動車内装材・一貫生産への業態転換2001年オープンハウスG創建ビルド取得で自社開発へ仲介専業から自社土地仕入・建物建築への転換1989年ホクト柳原きのこセンター設置きのこ栽培資材の供給から自社量産への転換と、消費地への生産センター開設1980年カルビーカルビーポテト設立で原料内製化主原料を小麦から芋へ転換した、調達までさかのぼる垂直統合1975年ディスコダイシングソーを自社開発切断装置の自社開発と、砥石・装置・使い方を一社で担う体制への転換1974年オービック自社開発ソフトへ転換商号変更に合わせた会計機販売から情報処理サービスへの業態転換1974年野村マイクロ・サイエンスアクアメディア社から技術導入米GE製ろ過膜の輸入販売から超純水製造システムへの転換1968年アリアケジャパン畜産エキスの自社製造アサリエキスの卸売からの離脱と、原料から製造・販売する側への転身1961年SMCエア三点セット製造へ転換焼結フィルターから空気圧補助機器の製造への転換と、主要機構の内製化1949年小野薬品工業日本有機化工から改称小野市兵衛商店の吸収合併による製造と販売の一本化、小野薬品工業としての再出発1933年アズビル大森で計器メーカーへ転換輸入商から自社製造へ踏み出した製作所の開設と、商いから工業への軸足移動1926年ハウス食品G本社カレー粉の自社製造薬種問屋が培った調合技術の転用と、製造・販売する側への転身1781年武田薬品工業道修町の薬種仲買から創業他人の薬を仕入れて販売する商いから、自社で薬を製造する製薬企業への転換1673年さくら銀行越後屋から私立銀行第一号創業——三井高利氏の「現銀掛値なし」から1876年の三井銀行への系譜

海外買収による垂直統合16事例

2025年三菱商事米エーソンの全持分取得5,200百万米ドルを投じて米国シェールガスの上流を押さえる資本配分の入れ替え2025年ソフトバンクG米Ampere買収で半導体強化米国の半導体設計会社を65億ドルで取り込む事業基盤の強化2024年東宝サイエンスSARUとGKIDSの子会社化制作から北米配給までのグループへの取り込み2023年みずほFG米グリーンヒル買収買収による、M&A助言機能を自社内へ取り込む体制づくり2023年東京ガスロッククリフの全株取得米国でシェールガスを開発・生産する会社の完全子会社化2022年飯田GHDRFPグループを買収ロシア極東の林業大手19社の取り込みと、侵攻直後の暗転2022年パナソニックBlue Yonder買収し持株会社制大型買収を機に事業ごとを独立させる「事業会社制」への組み替え2019年大阪ガス米サビンの全株取得自主探鉱での減損を経た、シェールガス開発会社の全株式の取得2015年S FoodsAURORA PACKING買収買収による米国食肉処理拠点の二か所化と、現地生産体制の拡張2015年FPGAMENTUM社へ出資アイルランドの航空機リースマネジメント会社を子会社化し、航空機投資管理サービス事業へ進出2013年伊藤忠商事米ドール事業の買収加工食品事業とアジア青果事業をまとめて取り込む食料分野の拡大2012年ミスミG本社デイトン買収で金型機能獲得米Dayton Progress・Anchor Lamina買収による金型部品の製造機能取り込み2006年三井海洋開発米SOFEC社を買収借りていた係留技術を自社のものにする全株式取得1990年三菱レイヨンコートルズ・グラフィル買収炭素繊維での成形品重視の川下路線と、米プリプレグ・原糸2社の買収1989年ソニーコロンビア映画を買収CBSレコードに続く連続買収と、ハードとソフトの垂直統合1976年信越化学工業シンテックの完全子会社化テキサス立地を軸とした、原料から塩ビまでの自前での押さえ込み

事業ポートフォリオのほかの論点

問いの一覧へ戻る