上場企業の経営論点>事業ポートフォリオ
垂直統合と内製化
日本の垂直統合は、製造業ではなく小売から始まった。ファーストリテイリングは1988年に香港経由の直接調達へ移り、ABCマートは韓国での生産委託で企画から販売までを握る。ニトリはインドネシアで自社生産を始め、神戸物産は作って売るまでを自社で抱える製販一体の業態を確立した。しまむらは電算と物流を内製して低コストの運営を組み立てている。製造業ではタカタがインフレータまで含めてエアバッグを内製し、キヤノンは御手洗冨士夫氏の下で外部依存を排した。川下から川上へ遡る統合が、日本の小売に自ら値段を決める力を与えた。
財務諸表のどこを見るか
売上原価率と棚卸資産の回転期間を並べて見る。内製化を進めれば外注費が固定費へ移り、原価率は下がる一方で有形固定資産と減価償却費が増える。小売が生産まで抱えると在庫が自社に積み上がるため、棚卸資産と評価損の推移が要点になる。設備投資額の内訳で、どの工程に資金を入れたかを確かめる。合弁で川上を押さえた場合は持分法投資損益と関係会社の状況に現れる。
2020年代
ローム株式取得提案の撤回 パワー半導体の垂直統合をめざした株式取得提案と、その取り下げ 住友電設をTOBで買収 電気設備工事会社の完全子会社化による、データセンター建設の垂直統合 スキマワークス買収 全株式の取得による、物流倉庫の業務請負分野への進出 米エーソンの買収 総額1.2兆円という過去最大の投資によるシェールガス開発への進出 米Ampere買収で半導体強化 米国の半導体設計会社を65億ドルで取り込む事業基盤の強化 ソフィアの子会社化 持株会社ごとの取り込みによる、エース電研の傘下入り 阪神調剤グループの買収 調剤薬局大手I&Hを取り込んだ買収による調剤事業の急拡大 C&Fロジを競合TOBで買収 AZ-COM丸和との競合買付けを制しての、傘下入りの実現 サイエンスSARUの子会社化 アニメ制作会社Toho InternationalによるGKIDSの取得 ピーエス三菱をTOBで買収 垂直統合M&Aの始動 米グリーンヒル買収 買収による、M&A助言機能を自社内へ取り込む体制づくり ロッククリフの全株取得 米国でシェールガスを開発・生産する会社の完全子会社化 RFPグループを買収 ロシア極東の林業大手19社の取り込みと、侵攻直後の暗転 ブルーヨンダー買収し持株会社制 大型買収を機に事業ごとを独立させる「事業会社制」への組み替え
2010年代
東京電力との合弁JERA設立 国内火力発電事業の全面移管による発電資産の切り出し 米サビンの全株取得 自主探鉱での損失計上を経た、シェールガス事業の買収による立て直し ホーク・ワンを買収 273億円を投じた、戸建の供給力を一段引き上げる規模の取り込み Orocobreへの出資 リチウム・電池材料の川上資源確保——トヨタの電動化と一体の非鉄投資 インテグレーテッド社を子会社化 空調専業としての「熱学」特化とクリーンルーム技術の内製化 合弁でペプチスター設立 塩野義製薬・積水化学工業と三社で担う原薬製造の内製化 「シェアリングデリバリー」開始 注文の取次にとどまらず配達まで担う、事業範囲の拡大 谷村尚永の小口化商品開始 信託機能を用いた不動産小口化商品の提供開始と、国内不動産ファンド事業の主力化 「ビオラル」業態の創出 価格ではなく有機・自然派で選ばれる売り場を、店・商品・調達の三層で自前に抱える AURORA PACKING買収 買収による米国食肉処理拠点の二か所化と、現地生産体制の拡張 壱番屋をTOBで買収 買収を足がかりにした外食事業への進出と、川下への広がり UNITED TOKYO業態開始 海外輸入が主流の業界での逆張り——全量国産・高原価率の自主企画SPA アスクルの連結子会社化 対価を払わずに得た支配と、抱え込んだ親子上場の統治問題 AMENTUM社へ出資 アイルランド企業への25%出資と子会社化を通じた、航空機投資管理サービス事業への進出 ファーストウッドを子会社化 一社の取り込みを起点とした、建材・木材の垂直統合への踏み出し 大阪カーライフグループ買収 買収を足がかりとした、自動車ディーラー事業への本格参入 ジー・コミュニケーション取得 クックイノベンチャーを受け皿にした外食10社の取り込みと外食への本格参入 米ドール事業の買収 加工食品事業とアジア青果事業をまとめて取り込む食料分野の拡大 北澤通宏の持株会社解消 純粋持株会社への移行と、9年後の事業会社への再統合 デイトン買収で金型機能獲得 米Dayton Progress・Anchor Lamina買収による金型部品の製造機能取り込み 「そ・こ・か」戦略 古川弘成社長のM&A+A ちばぎん証券を完全子会社化 株式交換による証券子会社の取り込みと、証券業務の内製化 川崎・大江山を吸収合併 川崎・大江山の分社実験と、2010年の本体一体運営への回帰
2000年代
三菱レイヨンの子会社化 総額約2100億円を投じた公開買付けによるグループへの取り込み JSWスチールと提携 インド市場への足がかりとしての、地場鉄鋼会社との包括的な協業 ウエボス・ターメルトフーズ取得 経営不振の食品メーカーを買い続けた国内自社工場網の構築 JSATとの経営統合 株式移転による衛星会社宇宙通信の子会社化 セントラルユニを買収 東証二部上場と、買収を通じた院内設備事業の新たな取り込み エンジニア採用本格化 人材の積み増しを通じた、外部依存から開発体制の内製化への転換 米SOFEC社を買収 借りていた係留技術を自社のものにする全株式取得 サングレイスへの資本参加 農業生産法人産地合弁への参入 帝国石油株を買い増し 国際石油開発との経営統合案への反対と、20%超まで持分を高めた対抗 MMD戦略の確立 M&Aによる多業態フードチェーンの構築 タイトーの完全子会社化 株式公開買付けによる完全取得と「100%保有戦略」の始動 駿河精機の取り込み 持株会社移行による流通専業からの転換 「ラービグ」への進出 サウジ・アラムコとの折半出資による石油精製と石油化学の一体運営 亀山モデルへ集中投資 材料から完成品までを一つの拠点で作る液晶一貫生産への賭け 日本テレコムの買収 固定・携帯通信への布石 川田達男の一貫生産転換 下請け染色からの脱却と、自動車内装材・一貫生産への業態転換 広州鋼鉄と合弁生産 無名の地場企業と組んだ中国での自動車用鋼板の現地生産と垂直分業 ヴァージン・シネマズ買収 シネマコンプレックス網の取り込みによる映画興行の自社一元化 自主企画レーベルで東証上場 複数レーベルの併走と、デザイン主体の商品づくりへの移行 リロケーション・ジャパン転貸開始 借上社宅の転貸事業への進出 創建ビルド取得で自社開発へ 仲介専業から自社土地仕入・建物建築への転換 製販一体モデルの確立 食のSPAと呼ぶ、作って売るまでを自社で握る業態の確立 東海を足場に調剤併設化 安売りによらない調剤併設ドラッグストアへの業態転換
1990年代
藤原秀次郎の自前主義路線 自前主義のローコスト経営——電算と物流を内製して築いた「しまむらモデル」 大東ファイナンス設立で垂直統合 賃貸経営に付随する仕事を外へ出さずグループ内へ抱え込む囲い込み エヌエスケーナカニシの吸収合併 販売代理店の取り込みと社名変更による製造・販売の一社統合 御手洗冨士夫氏の社長就任 連結経営への移行と、外部依存を排する自前主義への転換 ノース・フェイス商標取得 日本と韓国という二つの市場を対象とした商標権の確保 ベトナムで原油探鉱に進出 南部沖「15-2」鉱区の取得と、自社オペレーターとしての操業への転換 鎌倉キッチンの新設 逗子工場の閉鎖と、配送センターを備えたセントラルキッチン網の構築 「ムーニーマン」の開発 パンツ型紙おむつを短期間で世に出した開発体制の確立 インドネシアで自社生産開始 製造物流小売(SPA)への転換と海外自社生産 村田泰隆の円建て統一 輸出取引の円建てへの統一と、生産設備まで自前で開発する国内生産の維持 共同石油と合併 合併による石油精製・販売の一社化と、国内供給体制の再編 豪州での食肉垂直統合 牛肉輸入の自由化に備えた、放牧から加工までの一貫した自前化 韓国生産委託でSPA化 ライセンス取得を足がかりにしたカジュアルシューズの企画から販売までの一貫化 コートルズ・グラフィル買収 炭素繊維での成形品重視の川下路線と、米プリプレグ・原糸2社の買収
1980年代
柳原きのこセンター設置 きのこ栽培資材の供給から自社量産への転換と、消費地への生産センター開設 FREMONT BEEF設立 丸紅らとの合弁による、米ネブラスカ州への現地拠点の設置 独立系ITコンサル創業 「業務とITの一体設計」を掲げた事業の立ち上げと、系列に属さない立場の選択 コロンビア映画を買収 CBSレコードに続く連続買収と、ハードとソフトの垂直統合 JTとの合弁設立 たばこ工場を机の工場へ転用した、異業種同士の組み合わせによる生産の立ち上げ 香港経由の直接調達 製造小売業(SPA)の原型づくり 愛知川製造所でエアバッグ量産 運転席用製品の量産開始と、インフレータまで含めた内製化 IBMシステム38の導入 計算機と物流センターを組み合わせた、商いの土台づくり サンエブリーをデイリーヤマザキ化 自前のコンビニ網の構築による小売チャネルの内製化 キユーピータマゴの設立 卵素材品の切り出しと、副産物を機能性素材に変えるファインケミカルへの進出 カルビーポテト設立で原料内製化 主原料を小麦から芋へ移した、調達までさかのぼる垂直統合 光ファイバ技術に投資 他社技術に頼らない独自方式の選択と、融着接続機の自社開発
1970年代
日本海エル・エヌ・ジー設立 石油専焼火力への依存を改めるLNGへの燃料転換 NRC製油所への投資破綻 単一事業への傾斜投資が招いた、戦後最大級の商社破綻 シンテックの完全子会社化 テキサス立地を軸とした、原料から塩ビまでの自前での押さえ込み 新潟県長岡に拠点集約 本社工場の機能を新設工場へ移し切る生産体制の一本化 タレントスカウトキャラバン創設 新人発掘の他社番組依存からの転換と、全国公募オーディションの創設 日軽アルミ吸収で垂直統合 アルミ製錬の拡張計画の撤回と、減量経営・垂直統合への転換 ダイシングソーを自社開発 切断装置の自社開発と、砥石・装置・使い方を一社で担う体制への転換 自社開発ソフトへ転換 商号変更に合わせた会計機販売から情報処理サービスへの業態転換 アクアメディア社から技術導入 米GE製ろ過膜の輸入販売から超純水製造システムへの転換 中島董商店の販売網継承 半世紀続いた製販分離の解消と、売り先を自ら握る自社販売への切り替え SAP市場への後発参入 アクリル酸の国産化と後発参入を結び付けた原料一貫戦略の確立 加古川製鉄所を新設 灘浜での自社高炉の建設と尼崎製鉄の吸収合併を経た、一貫製鉄体制の完成
1960年代
プラスチック容器への転換 瓶の廃止と全国の原液工場の統合による、本社集権体制への移行 畜産エキスの自社製造 アサリエキスの卸売からの離脱と、原料から作って売る側への転身 水島コンビナート建設 売上高に匹敵する1000億円を投じた石油化学への本格進出 東亜石油の系列化 石油の開発から精製・販売までを自社で一貫させる体制づくり 東京音楽出版の設立 放送局系列の音楽出版会社への楽曲著作権譲渡の不採用 NC装置「OSP」開発 制御装置の内製化による、機械と制御を一体で設計する体制の構築 ベンディックス提携と岩槻製造所 岩槻製造所への資本金数倍の投資 エア三点セット製造へ転換 焼結フィルターから空気圧補助機器の製造への転換と、主要機構の内製化 デルモンテとの提携拒否 合弁の申し出を退け、契約栽培で原料を握る国産・自主路線の選択
1950年代
北伊丹工場の新設 半導体量産専門工場・西条・高知への量産設備の拡大 カナマイシンの工業化 梅沢浜夫博士が発見した抗生物質を、菌の培養から原末・製剤まで一貫して作る体制へ 赤外線ガスバーナー参入 独シュバンク社との技術提携を足がかりとした新分野への進出 阿南に富岡工場建設 広葉樹100%のパルプから加工紙までの一貫生産への移行 日動映画買収し専属化 短編の外注先だった制作会社を長編漫画映画の自前スタジオへ改組 イランから石油輸入を断行 国際石油カルテルに抗した民族系独立路線の確立 小倉製鋼と合併 合併による銑鋼一貫体制の確立と、一貫メーカーとしての出発 アルミニウム社と資本提携 カナダ大手との技術援助契約の締結と、増資新株の引き受けによる資本の受け入れ 千葉製鉄所を建設 製鉄所の新設による、平炉メーカーから銑鋼一貫メーカーへの転換 ローム・アンド・ハースと提携 イオン交換樹脂アンバーライトの日本総代理店化 日本発送電の解体で発足 電気事業再編成令による九州一円の発送配電一貫会社としての設立 神岡鉱業として独立 三井鉱山からの金属部門の切り離しと、東京証券取引所への上場 村田昭の部品専業化 原料と生産設備の内製化による垂直統合の構築と、完成品分野への不参入