リチウム・電池材料の川上資源確保——トヨタの電動化と一体の非鉄投資
トヨタの電動化を支える電池材料を、豊田通商はなぜ資源の川上から押さえにいったか
更新:
- 概要
- 2018年、豊田通商が電気自動車用電池材料であるリチウムの川上(資源権益)へ本格的に踏み込んだ経営判断。同年1月にアルゼンチン・オラロス塩湖のリチウムを産する豪Orocobre社(後のAllkem)へ約260億円を出資して15%を取得し、11月には生産能力の拡張を決定、さらに豊通リチウムを通じて福島県楢葉町に国内初の水酸化リチウム製造工場を立ち上げた。トヨタグループの電動化と一体の資源確保である。
- 背景
- トヨタグループの電動化が加速する見通しのもとで、リチウムイオン電池の正極材に不可欠なリチウムの安定調達が、商社にとっての課題として浮かび上がった。リチウムは南米の塩湖と豪州の鉱石に偏り、精製・加工は中国勢が握る。原料の産地から供給までを自社で押さえられるかどうかが、電動化時代の競争力を左右しかねない状況にあった。
- 内容
- 豊田通商はオラロス塩湖の開発を担う豪Orocobreへ出資して15%を取得し、プロジェクトの全リチウムの販売権を確保した。生産能力を年1万7,500トンから4万2,500トンへ拡張することを決め、加えてOrocobre(Allkem)と豊通リチウムを設立して、福島県楢葉町に年1万トンの水酸化リチウム工場を建てた。アルゼンチンの塩湖と国内工場を自社の経路でつないだ。
- 含意
- 塩湖の権益から水酸化リチウムの国産化までを一体で押さえた体制は、資源とインフラを主軸とする他商社に対する差異化の軸となった。一方でリチウムは市況の変動を避けられず、2024年3月期には国内リチウム生産事業の減損を計上した。原料から握るという構えは、トヨタの電動化の速さと分かちがたく結び付いている。
「原料から握る」ことの重さ
この判断の芯にあるのは、電池材料という電動化の要を、市場からの調達に頼らず自社の経路で押さえようとする発想である。塩湖の権益、生産能力の増強、水酸化リチウムの国産化——一連の投資は、トヨタの電動化という大きな流れに合わせ、川下の完成車から川上の資源へと事業の比重を移す試みとみることができる。ただ、資源は市況の波を避けられず、確保の代償として減損という損失も併せて負った。
原料から握る構えが実を結ぶかどうかは、電動化がどの速さで、どの技術で進むかに左右される。リチウムイオン電池が主役であり続けるのか、別の材料や方式が台頭するのか、現時点では見通しにくい。豊田通商が2018年から積み上げてきたリチウムの川上は、トヨタの電動化と一体で価値を持つ資産であり、その成否はグループ全体の電動化戦略の帰趨と分かちがたく結び付いているとみられる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
電動化が押し上げるリチウム需要
トヨタグループが電動化を加速させる見通しのもとで、リチウムイオン電池の正極材に欠かせないリチウムの需給が、商社にとっての新たな関心事となっていた。豊田通商は自動車の生産と輸出を支える物流商社として育ったが、電池の要となる材料を安定して確保できるかどうかが、グループの電動化を左右しかねないとみられていた。トヨタの生産と販売に商流を寄り添わせてきた同社にとって、電池材料の確保は自動車事業の延長線上にある課題でもあった。原料の川上、すなわち資源権益にまで踏み込む必要が意識され始めていた[1]。
リチウムは南米アンデスの塩湖かん水と豪州の鉱石に偏り、電池材料への精製・加工は中国勢が握っていた。原料の産地から精製・供給までを自社で押さえないかぎり、電池材料の調達を他社の判断に委ねかねない状況にあった。資源とインフラを主力に据える大手商社とは異なり、豊田通商にとって電池材料の川上は、自動車を軸とする自社ならではの調達網を築く手立てでもあった。豊田通商は安定調達の巧拙が電動化時代の競争力を分けるとみて、資源の川上へ足場を広げる構えをとった[2][3]。
決断
オラロス塩湖を握る豪Orocobreへの出資
2018年1月16日、豊田通商はアルゼンチン北西部フフイ州のオラロス塩湖でリチウムを産する豪Orocobre社の第三者割当増資を引き受け、約2億9,200万豪ドル(約260億円)を出資して完全希薄化後の15%を取得すると発表した。同社はすでに2014年からオラロスの生産事業に25%の権益を持っていたが、開発を担うOrocobre本体へ資本を入れ、資源の入り口との結び付きを一段と深めた[4]。
出資は、生産能力の増強と販売権の確保を伴っていた。同年11月28日、豊田通商はオラロス塩湖の炭酸リチウム生産能力を年1万7,500トンから4万2,500トンへ引き上げる拡張を最終決定した。拡張後の能力は従来の約2.4倍にあたり、2020年ごろの稼働をめざした。プロジェクトから産出するリチウムの販売権を握り、資源を確保するだけでなく、その出口までを自社が担う体制を敷いた。増強分の資金にはJOGMECの債務保証も活用した[5]。
水酸化リチウムの国産化——豊通リチウム
塩湖の炭酸リチウムを押さえるだけでなく、電池正極材に用いる水酸化リチウムへの加工まで自社に取り込む構想が並行して進んだ。2018年10月、豊田通商はOrocobre(後のAllkem)と組んで豊通リチウムを設立し、福島県楢葉町に水酸化リチウムの製造工場を建てる計画をまとめた。出資比率はAllkem75%・豊田通商25%で、原料はアルゼンチンで産する炭酸リチウムを充てる想定であった。水酸化リチウムは車載向けリチウムイオン電池の正極材の原料であり、電動車の普及に伴って需要の増加が見込まれていた[6]。
2022年11月16日、楢葉工場が竣工した。年産能力は水酸化リチウム1万トンで、電気自動車15万〜20万台分の電池に相当する。国内には水酸化リチウムの量産設備が無く、アルゼンチンの塩湖から福島の工場までを自社の経路でつなぐ、国内初の一貫体制が整った。工場で作る水酸化リチウムは、豊通マテリアルを通じて車載向けを中心に国内外の電池材料メーカーへ供給する計画とした。貸谷伊知郎社長のもとで進んだこの投資は、原料から電池材料までを握る差異化の軸を具体化するものであった[7][8]。
結果
市況の反落と減損、それでも残る川上の柱
リチウム価格は電動化への期待で高騰したのち反落し、投資は資源市況の波に直に晒された。2024年3月期、豊田通商は金属セグメントで国内リチウム生産事業の固定資産減損を計上し、リチウムやネオジムなどの市況下落を受けて金属本部の税後利益は前期比21%減の607億円へ縮んだ。リチウム価格の乱高下は、資源を抱える商社が避けにくい振れであり、立ち上げ期の豊通リチウムはその直撃を受けた。塩湖から工場までを抱える体制は、価格変動に晒される商社投資の一面をそのまま映した[9]。
それでも、原料の産地から精製・供給までを押さえた体制は、トヨタの電動化を支える差異化の柱として残った。資源とインフラを主軸とする他の商社に対し、豊田通商はアフリカの流通網と並ぶ非資源の柱として、電池材料の川上を抱えた。原料の確保から電池材料の供給までを一貫して担う立場は、トヨタの電動化と歩調を合わせて価値を保った。市況に揺れながらも、原料を自社で握る構えは、電動化の速さが読みにくい時期に向けた備えとして残った[10]。
- 豊田通商 ニュースリリース 2018年1月16日「リチウム資源開発会社Orocobre社への第三者割当増資引受による戦略的出資について」
- 豊田通商 ニュースリリース 2018年11月28日「アルゼンチンでのリチウム生産拡張の決定について」
- JOGMEC 金属資源情報 2018年1月23日「豊田通商、アルゼンチンOlarozリチウムプロジェクトの相手方 豪Orocobre社の権益15%取得を発表」
- 豊田通商 ニュースリリース 2022年11月16日「国内初、水酸化リチウムの製造工場が福島県楢葉町に竣工」
- 日本経済新聞(2022年11月16日)「豊田通商、国産の水酸化リチウム供給へ 電池向け年内に」
- 日本経済新聞(2023年9月20日)「豊田通商、EV電池で先手 リチウム安定調達が競争力」
- 豊田通商 決算説明会資料(2024年3月期 通期実績)
- 豊田通商 有価証券報告書(2018年3月期・連結・IFRS)