ペプチドリーム塩野義製薬・積水化学工業との合弁によるペプチスターの設立と原薬製造の内製化
探索に特化してきた創薬受託は、なぜ製造という川下まで自ら抱え込んだか
- 概要
- 2017年9月、ペプチドリームは、塩野義製薬・積水化学工業との3社合弁で、特殊ペプチド原薬の研究開発・製造・販売を担うCDMO「ペプチスター株式会社」を設立した。候補物質の探索と最適化に事業を絞ってきた同社が、製造という川下の工程を自ら押さえ、探索から生産まで一気通貫の体制を組む判断であった。
- 背景
- 特殊ペプチドは低分子と抗体医薬の長所を併せ持つ一方、合成技術が未成熟で生産性が低く、製造コストが高いという難点を抱えていた。探索を担うPDPSがいかに強くとも、原薬を安定して供給できる製造基盤がなければ、共同研究先での臨床開発が細る恐れがあった。
- 内容
- 塩野義の製薬技術、積水化学の化学プロセス技術、ペプチドリームの創薬基盤を持ち寄り、国内企業連合の形でペプチスターを設立した。会長に退いた窪田規一氏が同社社長を兼ね、大阪府摂津市に本社研究棟を構えて量産化技術の確立を目指した。
- 含意
- 探索特化の軽い事業構造を保ったまま、製造だけを合弁という別法人へ切り出す形をとった。後にAMEDの支援やINCJの出資を含め約200億円規模の資金が集まり、2019年に稼働した。原薬の量産とコスト低減が、ペプチド創薬の実用化を左右する要因になった。
探索の会社が製造を抱えるということ
この判断の芯は、探索特化という軽い事業構造を崩さずに、製造という重い工程だけを別法人へ切り出した点にある。PDPSで候補を速く探し当てても、原薬を安定して量産できなければ薬にはならない。工場も在庫も持たない身軽さを守りつつ、川下の細さを塞ぐには、自前で工場を抱えるより、技術を持つ塩野義・積水化学と資本を分け合う合弁が理にかなっていたとみられる。探索と製造を一つの会社に同居させず、別法人へ分けて置いたところに、この設計の周到さがうかがえる。
もっとも、合弁という形は、製造の難所をペプチドリーム一社で背負わずに済ませる代わりに、量産化の成否を自社だけでは決めきれない構造も残した。特殊ペプチドの製造コストは稼働後もなお高く、量産技術の確立という当初の課題は長く持ち越された。約200億円規模の資金と複数の資本を要したこと自体が、製造の内製化が探索とは別次元の難しさを抱えていたことを示している。探索で得た評価を実用化まで届けられるかは、この合弁が量産の壁をどこまで下げられるかにかかっているといえる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
探索に特化した創薬受託モデル
ペプチドリームは、東京大学の菅裕明氏が開発した特殊ペプチドの合成技術を母体に、2006年に窪田規一氏らが設立した創薬ベンチャーである。2010年に独自の基盤PDPSを確立してからは、自社で薬をつくって売る道を採らず、候補物質の探索と最適化に事業を絞った。探索という川上の工程だけを引き受け、それより先の開発・製造・販売は製薬会社に委ねる分業を、設立当初から事業の設計思想に据えていた[1]。
収益は二つの柱で成り立っていた。ひとつは世界の製薬大手との共同研究で、契約時の一時金に開発の進捗に応じたマイルストーン収入が重なる。もうひとつはPDPSそのものを製薬会社へ提供する技術供与料である。工場も在庫も持たない軽い構造は速い成長を生み、2013年のマザーズ上場、2015年の東証一部への市場変更を経ても、探索特化のまま黒字を積み上げていた[2]。
製造というボトルネック
特殊ペプチドは、低分子医薬と抗体医薬の長所を併せ持つ次世代のモダリティとして期待を集めていた。だが、それを合成する技術は当時なお未成熟で、生産性が極めて低かった。探索を担うPDPSがいくら候補を速く見つけても、その先で原薬を安定して量産する手立てが細ければ、共同研究先での臨床試験用原料の供給が滞りかねない。川上の強みが、川下の製造能力に足を引かれる構図があった[3]。
製造コストの高さも、実用化の重石になっていた。ペプチドリームの後の説明では、特殊ペプチドは製造コストがまだ高い点が難点で、量産化技術が確立できればコストの低減が進むと見込まれていた。探索から製造までを一本の線でつなぐには、自社の外に信頼できる製造の受け皿を用意することが要る。その受け皿を、単独の設備投資ではなく、技術を持ち寄る企業連合として組む道が探られた[4]。
決断
国内企業連合による合弁設立
2017年6月、ペプチドリームは、塩野義製薬・積水化学工業と特殊ペプチド原薬の製造会社を設立すると発表した。同年9月、3社は合弁でペプチスター株式会社を設立する。特殊ペプチド原薬の研究開発・製造・販売を担うCDMO(医薬品開発製造受託機関)で、塩野義の製薬技術、積水化学の化学プロセス技術、ペプチドリームの創薬基盤を一社へ束ねる構えであった。製造という川下の工程を、自社ではなく合弁という別法人の形で確保する選択であった[5]。
単独ではなく国内企業連合の形を採ったのは、高効率で安定した生産体制を早く築く狙いからであった。合弁の社長には、同月ペプチドリームの社長を退いて会長に就いた窪田規一氏が就いた。探索の会社を後進に託す一方で、製造という新たな課題を自ら率いる布陣である。探索から製造まで一気通貫の事業領域を確保する構想が、この人事にも表れていた[6][7]。
結果
量産基盤の立ち上がりと資金調達
ペプチスターは、ペプチド原薬の製造ボトルネックを解消するために設けられた会社として動き出した。大阪府摂津市に本社研究棟を構え、塩野義・積水化学の追加出資や官民ファンドINCJの出資を含めて資金を集めた。原薬製造に向けた調達は約200億円規模に達し、2019年に稼働を始めた。探索の会社が発した構想は、複数の資本と公的資金を巻き込む製造基盤の形をとって具体化した[8][9]。
稼働後のペプチスターは、ペプチドリームの共同研究先などへペプチド原液を供給する役目を担った。製造コストの高さという難点は残るものの、量産化技術を確立できればコストの低減が進むと見込まれた。2024年には住友化学や東亞合成が新たに出資し、出資の顔ぶれは化学各社へ広がった。探索の会社が抱え込んだ製造の課題は、合弁という枠の中で少しずつ担い手を増やしていった[10][11]。
- ペプチドリーム 有価証券報告書 第12期(2017年6月期)【沿革】
- 日本経済新聞(2017年6月1日)「ペプチドリーム、新会社設立へ 塩野義、積水化学と共同で」
- 週刊東洋経済 2018年12月29日号「ペプチドリーム会長 窪田規一 投資家が納得する事業モデル構築を」
- 日本経済新聞(2018年4月18日)「ペプチドリーム系 原薬製造で200億円調達」
- 藤家新一郎「ペプチスター 日本発のペプチド原薬CDMO設立の背景と今後の展望」ファルマシア2021年57巻9号
- 週刊東洋経済 2021年4月17日号「営業利益率59%の優等生 ペプチドリームの快進撃」
- ペプチドリーム ニュースリリース(2024年11月11日)「ペプチスターが総額26億円の資金調達を行いました」