青森までは問屋が商品をバラで補充し、海を渡った先ではそれが受けられない。この差は、石黒商店がどれだけ売っても消えなかった。1983年の増収減益に対して経営が動かしたのは、仕入価格ではなく在庫の置き方であった。システム38に全店の発注を集約し、検品も値付けも配送も物流センターへ集めた結果、商品回転率は2倍になっている。原価で競争劣位に立つ相手に、商品の回る速さで並びにいく判断だったと思われる。
効き始めるまでには間があった。使いこなすまでに2年以上かかり、その間も本州との仕入条件の差は残っている。1989年2月期の業界順位は7位で、北海道で強い会社ではあっても全国の上位ではない。一番進んだ小売業になっていたという言葉も、店頭公開を控えた社長自身の評価である。それでも経営は、問屋の条件に合わせて品揃えを絞るのではなく、発注と在庫を自社で握る方針を選んでいる。