DCMホールディングスカーマ・ダイキ・ホーマック3社の共同株式移転によるDCM Japanホールディングスの設立

商圏の重ならない3社は、なぜ合併ではなく共同持株会社を選んだか

時期 2005年7月
意思決定者(推定) カーマ・ダイキ・ホーマック3社の取締役会
論点 経営統合の形式と仕入れ規模
概要
2006年9月1日、ホームセンターのカーマ(愛知県刈谷市)、ダイキ(愛媛県松山市)、ホーマック(札幌市厚別区)の3社が共同株式移転により純粋持株会社DCM Japanホールディングスを設立し、東京・大阪・名古屋の各市場第一部と札幌証券取引所に上場した。3社は合併せず、いずれも完全子会社として残った。
背景
北海道・四国・中部でそれぞれ地域一番の規模を築いた3社は、商圏がほとんど重ならない一方、単独の仕入れ規模では価格を下げきれずにいた。ホーマックは1990年代後半にジャスコ・ケーヨーと共同ブランド「プライス・ファースト」を手がけており、規模を束ねる必要は業界に共有されていた。
内容
2005年7月11日に基本合意書を締結して3社の取締役会が株式移転を決議し、2006年4月10日に株式移転計画書の締結を承認、5月から6月にかけて3社の株主総会が承認した。株式移転比率はカーマ2.2・ダイキ1.0・ホーマック1.4で、会計処理には持分プーリング法を適用した。
含意
初代社長にはホーマックの社長を務めた前田勝敏氏が就き、ダイキの大亀孝裕氏は取締役会長、カーマの鏡味順一郎氏とホーマックの石黒靖尋氏は取締役相談役に入った。創業3家が執行の前面から下がり、共同仕入会社DCM Japanを核に商品を共通化する形が敷かれた。
筆者の見解

重ならない商圏という条件

札幌市厚別区、愛媛県松山市、愛知県刈谷市。本店が三つの地方に分かれていたことが、この統合を成り立たせた条件である。ホームセンターの再編で難しいのは、重なった店をどちらの看板で残すかの調整である。カーマは愛知県だけで売上の53.4%を挙げ、ダイキは瀬戸内4県に、ホーマックは北海道に集まっていた。閉める店を一つも決めずに仕入れだけを束ねられる相手は、そう多くない。合併ではなく共同株式移転を選び、3社を完全子会社として残した形式は、この条件をそのまま写したものといえる。

重ならないことは、弱さの裏返しでもあった。ホーマックが情報システムと物流センターに投じた資金は、本州から海を渡るという北海道の事情から出ている。ダイキの26.7%という粗利益率は自社の卸部門から住宅資材が卸値で入る構造に支えられ、カーマの650坪という売場は中部の郊外に合わせた寸法であった。どれも、他の地域へそのまま持ち出せば意味を失う。統合の初年度に政策商品の構成比を63%、翌年度に85.1%まで引き上げた速さは、その持ち出せない部分を削っていく速さでもあった。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

重ならない三つの商圏

カーマは1970年2月に設立された大高商事を前身とし、1973年10月に名古屋市へホームセンターの1号店を出した。1995年3月期の売上高は1,120億1,500万円で業界第2位、直営86店舗を東海・北陸の8県に置いていた。ただし愛知県だけで売上高の53.4%を占め、岐阜・富山・石川を加えた4県で9割を超えている。商圏人口5万人以上の郊外に平均650坪の売場と300台の駐車場を構える出店の型が、この集中を支えていた[1][2]

ダイキは愛媛県松山市に本店を置き、創業20周年にあたる1978年にディックホームセンターを始めた。大亀孝裕社長は1993年の講演で、愛媛・香川・広島・岡山の4県を主体に68店舗を置く瀬戸内ドミナント・エリア構想を語っている。当時の店舗は38店であった。浄化槽を扱う環境機器部門と建築資材の住宅機器部門を併せ持ち、住宅資材が自社の卸部門から卸値で入ることが、ホームセンター部門の26.7%という粗利益率を支えていた[3][4]

北の流通条件と、単独では下げきれない価格

ホーマックの前身は1919年に釧路市で開かれた石黒金物店で、1976年4月に釧路市の中園店からホームセンターへ移った。北海道は本州から海を渡る分だけ流通に不利で、石黒靖尋社長は1989年の講演で、問屋にコンテナ単位の運賃上乗せを求められ、青森までのようにバラで補充してもらえない実情を挙げている。同社はこの不利を埋めるため情報システムと物流センターへ投資し、北海道でのドミナント化を進めた[5][6]

単独では価格を下げきれないという認識は、統合の10年ほど前から業界にあった。ケーヨーの儘田公明専務は1998年4月の講演で、自社ブランドに加え、ジャスコ・ホーマックと組んだ共同ブランド「プライス・ファースト」が50億円の売上になったと述べている。ホーマックの前田勝敏社長も2000年、東証一部への指定を受けた直後に「ホームセンター業界もM&Aの時代」と語り、合併や買収に備える考えを示していた[7][8]

決断

合併ではなく、共同株式移転

3社は2005年7月11日に共同持株会社設立の基本合意書を締結し、同月それぞれの取締役会で株式移転による持株会社設立を決議して株式移転契約書を結んだ。2006年4月10日には各社の取締役会が株式移転計画書の締結を承認し、5月18日にホーマックの第55回、6月23日にカーマの第35期、6月29日にダイキの第44回の各定時株主総会が承認した。設立は同年9月1日、本店は東京都港区芝、資本金は100億円であった[9][10]

選ばれた形式は合併ではなく共同株式移転で、3社はいずれも完全子会社として残った。株式移転比率はカーマ2.2、ダイキ1.0、ホーマック1.4で、交付株式数はカーマ73,041,735株、ダイキ27,173,185株、ホーマック59,224,279株となった。比率の算定にあたって3社は別々のフィナンシャルアドバイザーを立て、カーマは日興コーディアル証券、ダイキはみずほ証券、ホーマックは大和証券エスエムビーシーを指名している[11][12]

対等を支えた条件

3社の本店は札幌市厚別区・愛媛県松山市・愛知県刈谷市に分かれ、商圏はほとんど重ならなかった。第1期末の資本金はホーマックが109億81百万円、ダイキが70億58百万円、カーマが60億1百万円である。有価証券報告書は統合の目的を「純粋持株会社設立による経営基盤の一層の強化」と記す。会計処理に持分プーリング法を用いた理由として、いずれの当事企業の株主も他社を支配したとは認められないことが挙げられた[13][14]

初代社長には、ホーマックの社長を務めた前田勝敏氏が就いた。ダイキの大亀孝裕氏は取締役会長、カーマの鏡味順一郎氏とホーマックの石黒靖尋氏は取締役相談役に入り、創業3家はいずれも執行の前面に立たなかった。代表取締役副社長・最高執行責任者となった久田宗弘氏は、2001年7月にカーマへ顧問として入社して2002年9月に社長となった人物で、2006年3月から共同仕入会社DCM Japanの社長を兼ねていた。久田氏は翌2007年5月に持株会社の社長へ移った[15][16]

結果

政策商品と標準棚割

統合の実務は、商品の共通化から始まった。3社と三井物産が共同出資していたDCM Japan株式会社は、統合にあわせて2006年9月30日付で持株会社の傘下に入り、グループの仕入機能を担った。同社を経由する政策商品の売上高構成比は第1期に年間ベースで63%となり、目標の60%を上回っている。値入率は1.8ポイント改善し、荒利益率は30.3%になった。期末の店舗数は425店であった[17][18]

最初の通年決算となった2008年2月期に、共通化はさらに進んだ。グループ共通政策商品の売上高構成比は63.0%から85.1%へ上がり、3社共通のチラシは前年度の1回から4回に増えている。棚割を揃える改装はカーマ33店、ダイキ62店、ホーマック42店の計137店で実施した。近畿圏に25店舗を持つオージョイフルを2007年12月20日付で完全子会社化し、期末の店舗数は453店となった。営業収益は3,958億円、経常利益は161億円であった[19][20]

3社体制の輪郭が動く

4つの取引所に上場して始まった会社は、3年後に窓口を絞った。2009年9月、大阪・名古屋・札幌の3取引所の上場を廃止し、東京証券取引所に一本化している。事業会社の側でも整理が進み、2008年6月にダイキがホームセンターサンコーを子会社化し、2009年3月にはダイキがオージョイフルを吸収合併した。買った会社を持株会社の下へ横並びに置くのではなく、地域を持つ事業会社へ寄せる形が採られた[21]

2010年には持株会社そのものの形が変わった。3月1日、グループの商品仕入機能を担っていたDCMジャパン株式会社を持株会社が吸収合併し、仕入れを自らの中へ取り込んだ。6月1日には商号をDCM JapanホールディングスからDCMホールディングスへ改めている。統合の入口で3社の外側に置かれた共同仕入会社は、4年で持株会社と一体になった。2011年2月期の営業収益は4,223億7千4百万円であった[22][23]

出典・参考
  • 証券 1996年1月号「新規上場会社紹介 株式会社カーマ」
  • 証券アナリストジャーナル 1989年11月号「企業 石黒ホーマ(石黒靖尋 石黒ホーマ株式会社社長)」
  • 証券アナリストジャーナル 1993年10月号「企業 ダイキ(大亀孝裕 ダイキ株式会社社長)」
  • 証券アナリストジャーナル 1998年5月号「企業 ケーヨー(儘田公明 株式会社ケーヨー専務取締役)」
  • 週刊東洋経済 2000年2月26日号「[ザ・トーク]松岡功/内田勲/前田勝敏」
  • DCM Japanホールディングス 有価証券報告書(2007年2月期)
  • DCM Japanホールディングス 有価証券報告書(2008年2月期)
  • DCMホールディングス 有価証券報告書(2011年2月期)

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