スギホールディングス 東海を足場に調剤併設化 廉価販売によらない調剤併設ドラッグストアへの業態転換

更新:

時期 2000年6月
当時の社長 杉浦広一
論点 業態モデルの選択と全国チェーン化
何をなぜ決めたか
概要

2000年6月の株式上場を機に、スギ薬局が利益の薄い処方箋調剤を全店に併せ持つ調剤併設型を主軸と定め、東海のドミナントを足場に全国チェーン化を掲げた経営判断。安さと売場面積を競う当時のドラッグストア業界で、あえて調剤を差別化の核に据えた。

背景

1990年代のドラッグストアは再販制の緩和を追い風に化粧品・日用品の安売りで伸び、物販型が業界の主流だった。薬科大出の杉浦夫妻は愛知・西尾で調剤主体の薬局として創業し、院外処方への移行、すなわち医薬分業の進展を先読みしていた。

含意

消費者の支持は2000年代を通じて安さから専門性へ傾き、逆張りが本流になった。売上は上場後に急伸し、当初描いた時期からは遅れて2016年に稼働店舗が1000店を超えた。業態選択の正しさは、長い時間をかけて裏づけられた。

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筆者の見解
筆者の見解

逆張りが、本流になるまで

この判断の芯は、業界の追い風から意識して身を引いた点にある。1990年代のドラッグストアは安さと売場面積で競い、その競争に乗るほど手早く伸びられた。杉浦夫妻はそこにあえて背を向け、薬剤師でなければ担えない処方箋調剤を全店の主力に据えた。利益が薄く、費用のかさむ道である。安売りが本流だった時代に、二人は自分たちの資格と、医薬分業という長い流れに賭けた。業界の常識より自社の見立てを優先する選択だったといえる。

もっとも、見立てがすぐに報われたわけではない。医薬分業は長く足踏みし、調剤に賭ける戦略は時期尚早とも見られた。全国チェーン化も、思い描いた速さでは進まなかった。それでも、消費者の関心が安さから専門性へ移り、コンビニでも一般薬が買える時代が近づくと、調剤を持たない店の強みは薄れていく。逆張りが本流になるまでには、十年を超える時間がかかった。早く動いたことより、長く同じ答えを持ち続けたことに、この判断の性格がある。自社をどの業態で定義するか――その問いに、二人は開業時の答えを手放さなかった。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

業績の推移
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参考文献
出典・参考
  • 証券アナリストジャーナル 38(8)(日本証券アナリスト協会, 2000年8月・杉浦広一発言)
  • 中部財界 43(9)(中部財界社, 2000年9月)
  • スギホールディングス 有価証券報告書(主要な経営指標等の推移)
  • スギホールディングス 有価証券報告書【沿革】
  • スギホールディングス 会社沿革(公式サイト)

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