調剤薬局大手I&H(阪神調剤グループ)の買収による調剤事業の急拡大
2024年実施自前の出店で成長してきたスギHDは、なぜ17年ぶりの大型買収で調剤専業の大手を丸ごと取り込んだのか
- 概要
- 2024年、スギホールディングスは兵庫県芦屋市の調剤薬局大手I&H(阪神調剤グループ)を子会社化した。2007年のジャパン買収以来17年ぶりの大型M&Aであり、創業以来の調剤軸を、自前の出店から大型買収へと手を広げて一気に拡大した経営判断である。
- 背景
- 医薬分業が成熟し、マツモトキヨシとココカラファインの統合などドラッグストア業界の再編が進むなか、有機的な成長を続けてきたスギHDは、調剤専業の大手を取り込むことで調剤軸と連結規模の両方を強める局面に立っていた。
- 内容
- 2024年2月の取締役会で決議し、8月30日に株式を取得、9月2日に議決権66.72%でI&Hを連結子会社とし、2025年2月に完全子会社化した。取得対価は公表されず、日本経済新聞は買収額を「数百億円規模とみられる」と報じた。
- 含意
- 2025年2月期は調剤事業の売上が前期比24.9%増、連結売上高は8,780億円へ伸び、I&Hを通期で取り込んだ翌2026年2月期には1兆円を超えた。創業以来の「安売りでなく調剤」の思想をM&Aで仕上げた一方、組織と人材の統合が次の課題として残った。
創業の賭けを、規模で裏づける
この買収の核心は、創業以来つらぬいてきた「調剤」という一点を、M&Aで一気に太らせたところにある。スギHDは物販の安売りに背を向け、利益の薄い調剤を全店に併設する道を長く歩んできた。その調剤を、自前の出店だけでなく、専業の大手を丸ごと取り込むことでも広げてみせた。有機的な成長で築いた思想を、規模ごと買い足す——創業の理念と資本の力を接ぐ判断だったとみることができる。
もっとも、対価が公表されないまま進んだ大型買収の実質は、業績の数字だけでは測りきれない。連結従業員が一年で3,000人あまり増えた事実は、組織と人材の統合という重い宿題が残ったことも示している。創業家が資本のおよそ4割を握り、同族の色が濃い会社が、17年ぶりに踏み込んだ大型M&Aを連結の実力へどう変えていくのか。調剤を核に据えた創業の賭けが次の段階に入ったことだけは、数字がすでに告げている。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
「安売りでなく調剤」を貫いた会社
スギホールディングスは、薬剤師の杉浦広一・昭子夫妻が1976年に愛知県西尾市で開いた一軒の薬局を源流とする。夫妻はともに薬学部の出身で、物を売るだけでなく医療に役立ちたいという思いから、創業当初より処方せん調剤を経営の柱に据えた。安さと売場面積を競う当時のドラッグストア業界にあって、利益の出にくい調剤をあえて全店に併設する道は異色だったが、この選択が後の差別化の核となる。2000年の株式上場を機に全店調剤併設の業態を掲げ、東海のドミナントから店舗網を広げていった[1]。
この調剤を軸とする経営は、二代目への承継後も引き継がれた。2021年5月、創業者・杉浦広一の長男である杉浦克典が、生え抜きの非同族社長3名を挟んだうえで代表取締役社長に就いた。承継の時点で連結売上高は2021年2月期に6,028億円、営業利益は340億円へ達し、東海のドミナント、関東への拡張、全店調剤併設という創業者期の3本柱は、すでに業界上位の規模を築いていた。成長は主に自前の出店の積み重ねに支えられていた[2]。
医薬分業の成熟と業界再編の圧力
一方、ドラッグストア業界は2020年代に入って大型再編の局面を迎えた。2020年1月には最大手のマツモトキヨシとココカラファインが2021年10月の経営統合を発表し、単純計算で売上高9,764億円・3,014店という巨大チェーンが生まれることになった。医薬分業が成熟し、処方せんを取り込む調剤の併設が各社の成長を左右するなかで、物販を中心としてきたドラッグストアも調剤の強化を競い始めた。規模と調剤の両面で、上位各社が次の一手を迫られる局面だった[3]。
決断
17年ぶりの大型M&A──I&Hの子会社化
2024年2月27日、スギHDは取締役会で、調剤薬局大手のI&H(兵庫県芦屋市)の株式を取得して子会社化することを決めた。I&Hは阪神調剤薬局を中核に、介護・福祉やヘルスケアまでを手がけ、全国で500店を超える調剤薬局を展開していた。2023年5月期の連結売上高は2233億円に達し、調剤を専業とする企業としては国内有数の規模だった。創業以来、自前の店舗で調剤を広げてきたスギHDにとって、他社を丸ごと取り込むこの買収は、成長の手法そのものの転換を意味した[4]。
取得は段階を踏んで進んだ。まず2024年8月30日に株式を譲り受け、当初は議決権ベースで約62%を見込んでいたが、8月27日に取得割合を66.72%へ引き上げると発表した。会社の重要事項を単独で決められる3分の2の議決権を確保し、9月2日付でI&Hを連結子会社とした。これは2007年のジャパン買収以来17年ぶりの大型M&Aであり、調剤事業の拠点を広げるという点では過去最大の取引となった。翌2025年2月には残る株式も取得し、完全子会社化を終えた[5]。
取得対価は公表されず
一方で、この買収の対価は公表されなかった。I&Hは株式を非公開としており、スギHDも取得価格を明らかにしていない。日本経済新聞は買収額を「数百億円規模とみられる」と報じたが、確定した金額は本稿の時点で開示されていない。もっとも規模の効果は明快で、両社の売上を単純に合算すると9000億円に迫り、ドラッグストア大手のサンドラッグを上回る。調剤という一分野の買収が、連結の顔ぶれを業界の上位へ押し上げる取引だった[6][7]。
結果
調剤+24.9%、連結売上は1兆円へ
買収の効果は、翌期の連結業績にすぐ表れた。2025年2月期の連結売上高は8,780億円、営業利益は426億円、親会社株主に帰属する当期純利益は257億円で、いずれも過去最高を更新した。半期分にとどまるI&Hの寄与でも調剤事業の売上高は前期比24.9%増と急伸し、調剤を核とする成長の輪郭がくっきりと出た。連結従業員数は前期の8,724名から11,820名へ一気に増え、買収で加わった人員の大きさがそのまま数字に映った[8][9]。
I&Hを通期で連結に取り込んだ2026年2月期には、連結売上高が10,103億円と初めて1兆円を超え、当期純利益も450億円へ伸びた。2000年の上場時に杉浦広一が掲げた「調剤で全国へ」という構想は、自前の出店に大型買収を重ねる形で、売上1兆円規模のチェーンとして輪郭を得た。安売りではなく調剤を選んだ創業以来の賭けは、四半世紀を経て規模の裏づけを伴うものになった[10]。
- 日本経済新聞(2024年2月27日)「スギHD、調剤薬局I&Hを買収 売上高サンドラッグ超え」
- 日本経済新聞(2024年8月27日)「スギホールディングス、調剤薬局I&Hの議決権3分の2取得 9月2日完了」
- 流通ニュース(2024年2月27日)「スギHD/調剤薬局運営のI&Hを子会社化」
- 流通ニュース(2020年1月31日)「マツモトキヨシ、ココカラファイン/2021年10月経営統合、売上1兆円規模」
- 中部財界 43(9)(中部財界社, 2000年9月)
- スギホールディングス 2025年2月期 決算説明会資料(2025年4月)
- スギホールディングス 有価証券報告書(2021年2月期・2025年2月期・2026年2月期)