1920年の判断の核心は、個人の技量と信用に依存した商店を、資本と設備で回る会社へ組み替えた点にある。井上貞治郎氏は同業の統合と原紙の取り込みをほぼ同時に進め、品質で差がつかない緩衝材の世界で、規模と垂直統合を競争のよりどころに据えた。加工専業のままでは原料高のたびに収益が揺れる事業を、原料から製品までを自前に閉じる構造へ作り替えたことが、その後の安定した競争力につながったと思われる。
この垂直統合モデルは、レンゴーにとって以後の設備更新投資や業界再編でも繰り返し問われる判断のよりどころとなった。個人が名づけた新商品が、法人化と同業統合を経て業界の標準形へ広がった経緯には、先行者がカテゴリーを握る強さと、それを規模と一貫生産で固めなおす発想の連続性がうかがえる。名づけの創業と、囲い込みの法人化という二つの決断が重なって、今日のレンゴーの原型を形づくったといえる。