「そ・こ・か」戦略(2021年・阪和興業の決断)

更新:

論点 独立系商社としての事業モデルの組み替え
売上高(億円)営業利益率(%)
古川弘成社長のM&A+A

古川弘成社長のM&A+A

概要

2011年4月に生え抜き社長として就任した古川弘成氏は、中国の台頭で縮小に向かう国内鉄鋼市場への危機感を出発点に、即納・小口・加工を組み合わせた"そ・こ・か"戦略と、M&Aに業務提携を重ねる"M&A+A"戦略を推し進めた。約10年間で新規取引先を6,000社以上開拓し、子会社数を88社まで増やして、独立系商社の供給網を作り替えた。

背景

2011年、古川弘成氏は創業家出身者が3代続いた社長体制のあとを継ぎ、同社初の生え抜き社長となった。日本の鉄鋼業が縮小へ向かい、汎用鋼材で中国が日本を凌駕しつつあるなか、取引先に不要と見なされれば即座に乗り換えられてしまうという危機感を抱き、大手の傘下に入らない独立系の立場を逆手に取る戦略の練り直しを迫られた。

内容

古川氏は即納・小口・加工の機能を組み合わせた"そ・こ・か"戦略を掲げ、これを実行する手段として、株式取得によるM&Aと少数出資の業務提携を組み合わせる"M&A+A"を制度化した。2010年代を通じてダイコースチールから2024年のシンクスまで買収を重ね、ベトナム・メキシコ・マレーシアなど東南アジアにも"第二の阪和"と呼ぶ拠点網を築いた。

含意

約10年間で新規取引先6,000社以上、子会社88社という数字は、系列を持たない独立系商社が生き残る道を具体的な形で示した。2022年4月、古川氏は相談役へ退き、積み上げた供給網の収益化を課題に掲げる中川洋一体制へ経営を承継した。

いつ何が起きたか 5件
筆者の見解 拡大の10年から収益化の10年へ
筆者の見解

拡大の10年から収益化の10年へ

古川弘成氏の10年は、独立系商社という後ろ盾のない立場を、弱みではなく機動力に変えた期間として振り返ることができる。"そ・こ・か"戦略が特別な発明ではなく、即納・小口・加工という古くからの現場機能の再編集であった点はむしろ注目に値する。すでにある強みを組み替え、"M&A+A"という型に落とし込んで反復可能にしたことが、6,000社・88社という数字を生んだ要因と思われる。

2022年4月、古川氏は相談役に退き、中川洋一氏へ経営を承継した。中川氏が示した"3階建て経営"という新方針は、古川氏が積み上げた供給網を収益化する段階への移行を示している。取引先と子会社を広げる拡大の10年が終わり、それをどう稼ぐ力に変えるかという次の10年が始まっていると言える。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

参考文献
出典・参考
  • 阪和興業 有価証券報告書【沿革】
  • 阪和興業 有価証券報告書(セグメント情報)

免責事項およびポリシー