古川弘成社長の「そ・こ・か」戦略とM&A+A
中国の台頭で縮む国内鉄鋼流通を、独立系商社はどう生き延びるか——即納・小口・加工に賭けた10年
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- 概要
- 2011年6月に生え抜き社長として就任した古川弘成氏は、中国の台頭で縮小に向かう国内鉄鋼市場への危機感を出発点に、即納・小口・加工を組み合わせた「そ・こ・か」戦略と、M&Aに業務提携を重ねる「M&A+A」戦略を推し進めた。約10年間で新規取引先を6,000社以上開拓し、子会社数を88社まで増やして、独立系商社の供給網を作り替えた。
- 背景
- 2011年、古川弘成氏は創業家出身者が3代続いた社長体制のあとを継ぎ、同社初の生え抜き社長となった。日本の鉄鋼業が縮小へ向かい、汎用鋼材で中国が日本を凌駕しつつあるなか、「阪和興業はいらない」と言われればすぐに変えられてしまうという危機感を抱き、大手の傘下に入らない独立系の立場を逆手に取る戦略の練り直しを迫られた。
- 内容
- 古川氏は即納・小口・加工の機能を組み合わせた「そ・こ・か」戦略を掲げ、これを実行する手段として、株式取得によるM&Aと少数出資の業務提携を組み合わせる「M&A+A」を制度化した。2010年代を通じてダイコースチールから2024年のシンクスまで買収を重ね、ベトナム・メキシコ・マレーシアなど東南アジアにも「第二の阪和」と呼ぶ拠点網を築いた。
- 含意
- 約10年間で新規取引先6,000社以上、子会社88社という数字は、系列を持たない独立系商社が生き残る道を具体的な形で示した。2022年4月、古川氏は相談役へ退き、積み上げた供給網の収益化を課題に掲げる中川洋一体制へ経営を引き継いだ。
拡大の10年から収益化の10年へ
古川弘成氏の10年は、独立系商社という後ろ盾のない立場を、弱みではなく機動力に変えた期間として振り返ることができる。「そ・こ・か」戦略が特別な発明ではなく、即納・小口・加工という古くからの現場機能の再編集であった点はむしろ注目に値する。すでにある強みを組み替え、「M&A+A」という型に落とし込んで反復可能にしたことが、6,000社・88社という数字を生んだ要因とみられる。
2022年4月、古川氏は相談役に退き、中川洋一氏へ経営を引き継いだ。中川氏が示した「3階建て経営」という新方針は、古川氏が積み上げた供給網を収益化する段階への移行を示している。取引先と子会社を広げる拡大の10年が終わり、それをどう稼ぐ力に変えるかという次の10年が始まっていると言える。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
生え抜き社長の危機感と縮む国内鉄鋼市場
2011年6月、阪和興業は創業家出身ではない古川弘成氏を社長に迎えた。北二郎氏、北茂氏、北修爾氏と続いた創業家出身の社長体制がここで途切れ、生え抜きのたたき上げが経営を率いる初めての交代であった。古川氏が見据えていたのは、日本の鉄鋼業が成長を止めて縮小へ向かい、汎用鋼材の生産量で中国が日本を凌駕しつつあるという構造変化であり、独立系商社として大手商社や鉄鋼メーカーの系列に入らずに生き残るには、稼ぎ方そのものを組み替える必要に迫られていた[1][2]。
古川氏が後年語った危機感は、「阪和興業はいらない」と言われればすぐに変えられてしまうというものであった。この言葉は、親会社の庇護を持たない独立系ゆえの立場を映していた。中国発の鋼材生産拡大と国内需要の縮小が同時に進むなか、阪和興業は総合商社系列にも鉄鋼メーカー系列にも属さない「ユーザー系商社」を掲げ、大手が手薄になりがちな中堅・中小企業の開拓に活路を求めた[3][4]。
「そ・こ・か」戦略の提示と東南アジアへの拡張
古川氏が打ち出した差別化戦略は、即納・小口・加工という三つの機能を組み合わせたものであった。創業期から蓄えてきた即納倉庫網と、1990年代以降に拡充した加工子会社を土台に、後継者難に直面する地場の鉄鋼販売・加工会社を取り込みながら、新規の取引先数で勝負する方針を掲げた[5][6]。
この方針は東南アジアにも広げられた。「東南アジアに第二の阪和を」という方針を掲げ、2011年9月にベトナムで現地法人HANWA VIETNAMを設立したのを皮切りに、海外拠点を段階的に増やしていった。国内で確立した即納・小口・加工の型を、成長する新興国市場へ移植する試みであった[7]。
決断
「M&A+A」という制度化
古川氏は「そ・こ・か」戦略を実行する手段として、株式取得によるM&Aと、少数出資や業務提携を組み合わせる独自の型を作った。加工や小口物流を得意とする企業を子会社化する一方、株式取得が難しい相手とは資本提携で結び、地場の販売網や加工能力を阪和興業の供給網に組み込んでいった。2021年のインタビューでは、この型を「M&AプラスA(アライアンス)」、さらに「3Mプラス2A(Much More M&A+Aggressive Alliance)」[9]という標語で語っている[8]。
実際の買収は10年余りにわたって途切れることなく続いた。2010年8月のダイコースチール取得を皮切りに、2015年10月に日興金属、2020年10月に鉄建工業、2024年7月にシンクスと、地場の鉄鋼加工・販売会社の取得が継続し、独立系商社が地場の流通機能を吸収して供給網を厚くする手法として制度化されていった[10][11][12]。
東南アジアから欧州への拠点拡張
海外では「第二の阪和」を目指す展開が並行して進んだ。ベトナムに続き、2012年8月にメキシコでHANWA MEXICANA、同年9月にHANWA STEEL SERVICE MEXICANAを設立し、2018年5月にはマレーシアの鋼材加工会社を子会社化した。シンガポール・ベトナム・タイ・マレーシア・インドネシア各国の地場鉄鋼流通企業と資本提携を結び、現地に根を張る子会社網を築いていった[13]。
2022年7月にはイタリアでHANWA ITALIA、2024年2月には英国でHANWA UKを設立し、拠点網は東南アジアにとどまらず欧州へも広がった。海外販売子会社セグメントの売上高は2015年3月期の1,012億円から2025年3月期の4,004億円へおよそ4倍に拡大し、国内市場の縮小を補う収益源に育っていった[14][15]。
結果
10年間の定量的な成果
古川体制が10年を経た2021年、その成果は具体的な数字で示された。約10年間で新規取引先を6,000社以上開拓し、子会社数は88社まで増えた。日本鉄鋼業の縮小と中国の台頭という危機感から始まった戦略は、取引先の数という尺度で目に見える形に結実した。同じインタビューでは、電池のサプライチェーンを川上から川下・リサイクルまで横断的に手がける「電池チーム」を4月に発足させたことも明らかにされ、鉄鋼流通で培った開拓力を新素材分野にも向け始めていた[16][17]。
この10年間の途中経過は、同時代の業界誌にも記録されている。2016年の週刊東洋経済特集は、阪和興業が過去3年で新規顧客を約2,000件、増加率にして2割近く伸ばしたと報じ、古川社長が求める人材像を「大草原に放たれた勇猛なライオン」という言葉で紹介した。数え方の規模は違っても、新規開拓を経営の物差しに据えてきたことは、就任当初から一貫していたとうかがえる[18][19]。
- 阪和興業 有価証券報告書【沿革】
- 週刊東洋経済 2016年4月8日号「専門商社の研究」
- 日刊鉄鋼新聞(2021年6月2日)「阪和興業の経営戦略 古川弘成社長に聞く」
- 財界オンライン(2024年7月9日)「古川弘成・阪和興業相談役×中川洋一・阪和興業社長『お客様のために汗をかき、足で稼ぐ。そして人を育てる。このDNAをこれからも引き継いでいく』」
- 阪和興業 有価証券報告書(セグメント情報)