メディパルHD の歴史

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創業 1898年
創業者 熊田佐一郎
創業地 神戸市
創業 1898年10月、21歳の薬剤師 熊田佐一郎氏が神戸元町に建坪7坪の熊田三星堂薬
1898年10月、21歳の薬剤師 熊田佐一郎氏が神戸元町に建坪7坪の熊田三星堂薬舗を開業した。出発は卸ではなく小売で、初日の売上は1円90銭5厘である。既設店との距離制限を敷く同業組合と争わずに1900年に東寄りへ移り、1901年に県立神戸病院の入札へ加わったところから卸へ回った。どのメーカーの薬でも即座にそろえる総合問屋を志して1915年に「衛生百貨店」を掲げ、1923年5月に資本金20万円の株式会社三星堂となる。ただし同族のガラス会社の倒産に連鎖した債務は消えず、1931年3月に創業兄弟が経営から退いた。負債20万円を全額引き受けた武田長兵衛商店が総株数の6割超を保有し、創業家の手を離れた会社として再出発した。
決断 規模を足す合併ではなく、売る土地と扱う商材を入れ替えて伸びてきた。空襲で得意先が
規模を足す合併ではなく、売る土地と扱う商材を入れ替えて伸びてきた。空襲で得意先が52軒に減った1946年から県下を回り直して支店網を敷き、姫路・淡路から福知山・舞鶴まで販路を拡大する。兵庫県内のシェアが38%で頭打ちになると1971年に大阪支社と3支店を一挙に開設し、12年後の1983年度には売上の46.7%を大阪が占めた。2000年4月、東京のクラヤ薬品・東京医薬品と3社で合併し、3社合算で約8,900億円・医療用医薬品の全国シェア約15%を得て首位に立つが、初年度の営業利益は19億円にとどまった。2005年10月には日用品卸最大手のパルタックを株式交換で完全子会社化し、2009年10月に純粋持株会社メディパルホールディングスへ移行して、卸6社を1社へ統合した。同業を集めても利幅は戻らず、以後の成長は医薬品の外にある商材から来ている。
現況 売上高の3分の2を占める医薬品卸は、利益では日用品卸に抜かれている。2026年3
売上高の3分の2を占める医薬品卸は、利益では日用品卸に抜かれている。2026年3月期の売上高3兆8,173億円のうち、医療用医薬品等卸売事業が2兆4,624億円、化粧品・日用品・一般用医薬品卸売事業が1兆2,375億円、動物用医薬品・食品加工原材料等が1,173億円である。セグメント利益は242億円・264億円・23億円で、売上高では医薬品卸の半分の日用品側が、利益では上回った。利益率にすると0.99%と2.14%で、薬価改定が2年に1度利幅を削減する側と、削減されない側の差がそのまま出ている。2026年5月、メディパルは日用品卸のPALTACを1株6,650円・総額約1,925億円の公開買付けで完全子会社化すると公表し、2010年に単独上場させた子会社を資本ごと戻すと決めた。
競合 同じ薬を同じメーカーから仕入れる4社の差は、医薬品の外にある。医療用医薬品卸はメ
同じ薬を同じメーカーから仕入れる4社の差は、医薬品の外にある。医療用医薬品卸はメディパルとアルフレッサホールディングススズケン東邦ホールディングスの4社へ集約され、価格の決定権は全国展開する調剤薬局チェーンとドラッグストアへ移った。2年に1度の薬価改定で薬価差は1993年の19.6%から1999年に9%前後まで縮み、卸の社数は1987年の434社から1997年に277社へ減っている。2008年に発表したアルフレッサとの統合は売上高4兆円・シェア5割の構想だったが、公正取引委員会の審査で消えた。4社が同じ薬を同じ値幅で運ぶ以上、差は医療機関の外にどんな売場を持つかで決まる。
長期業績の推移 1946〜2026年
メディパルホールディングス:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
1997年3月期2026年3月期

第1章 1898-1930 (気が向いたら執筆します!) 神戸の熊田三星堂薬舗の創業から株式会社三星堂への改組まで

第2章 1931-1970 (気が向いたら執筆します!) 熊田兄弟の退陣と三宅健太郎体制、戦時統制と戦後の全県下への営業拡大

第3章 1971-1999 (気が向いたら執筆します!) 大阪への支店網展開から東証・大証への上場と一部指定まで

第4章 2000-2026 (気が向いたら執筆します!) クラヤ薬品・東京医薬品との合併、パルタック統合を経たメディパルHDの医薬品・日用品卸再編

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歴史年表 1898〜2024年

メディパルホールディングスの沿革1898〜2024年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1898〜1930年神戸の熊田三星堂薬舗の創業から株式会社三星堂への改組まで同業と争わず店を移し、病院と官需の卸へ回った

1898年10月8日、21歳の薬剤師熊田佐一郎氏が神戸市元町六丁目一一三番屋敷に熊田三星堂薬舗を開店した。間口二間半・建坪およそ7坪、開業資金は父熊田佐平氏が長男の独立のために用意した500円と、後援者2名が500円を限度に随時融通する約束であった。初日の売上は1円90銭5厘、店主と店員をかけもちする一人店からの出発である。

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三星堂を設立★★
1931〜1970年熊田兄弟の退陣と三宅健太郎体制、戦時統制と戦後の全県下への営業拡大創業家を経営から外し、負債20万円の肩代わりを仰いだ再建

1931年3月、末弟熊田庸三氏が退陣し、1898年の創業から三星堂を担った熊田佐一郎氏ら兄弟は一切の経営面から去った。新しい体制は代表取締役に三宅健太郎氏、取締役に久保甚太郎氏と川口精一氏、監査役に立田信郎氏を選び、資本金を30万円から12万円へ減額し、従業員代表を経営へ参加させて発足した。熊田庸三氏の退陣当時に三星堂が背負っていた買掛金と借金は合わせて20万円にのぼり、これを引き継いだままでは再建の見込みが立たなかった。

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★★★
得意先52軒から全県下へ売り歩き、復員者を全員迎えるために営業区域を拡げた三星堂の戦後

芦屋から垂水にかけての主な営業区域で、医系・薬系の得意先として残っていたのは52軒にすぎなかった。1946年4月5日から三星堂は「地方開拓日誌」をつけ始め、医師会や小売組合の名簿を手がかりに、県内全域のほか福知山・舞鶴にまで出向いた。日誌がつけられたのは1年間で、1947年3月に姫路出張所を置いたのを手始めに支店網づくりが動き出した。

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★★★
1971〜1999年大阪への支店網展開から東証・大証への上場と一部指定まで38%を握った兵庫に留まらず、主戦場を大阪へ移した三星堂の府外進出

1971年、三星堂は大阪支社と大阪支店・堺支店・茨木支店を一挙に開設し、大阪府内での本格営業に入った。1898年に神戸元町で開業して以来、兵庫県内に支店を継ぎ足す形で伸びてきた地場卸が、県外を主戦場に据えた最初の年である。翌1972年に東大阪支店、1973年に阪南支店、1976年に枚方支店・和泉支店と大阪物流センターを開設し、1980年には大阪北支店・大阪南支店を開設して府内の面を埋めた。

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★★★
東京証券取引所・大阪証券取引所の各市場第二部に株式を上場
東京証券取引所・大阪証券取引所の各市場第一部に指定
2000〜2026年クラヤ薬品・東京医薬品との合併、パルタック統合を経たメディパルHDの医薬品・日用品卸再編医薬品卸3社の対等合併と、これに伴う本店の東京移転

2000年4月1日、神戸創業の三星堂が東京のクラヤ薬品・東京医薬品を吸収合併し、商号を株式会社クラヤ三星堂へ改めた。本店を東京都中央区へ移し、3社合算で約8,900億円、医療用医薬品の全国シェア約15%を占めて売上高で卸の首位に立った経営判断。

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★★★
熊倉貞武会社分割により持株会社体制に移行、商号をメディセオHDに変更★★
熊倉貞武日用品卸最大手を株式交換で取り込む医薬・日用品の二本柱化

2005年5月13日に株式交換契約を締結し、同年10月1日、医療用医薬品卸首位のメディセオホールディングスが大阪の日用品卸最大手パルタックを完全子会社とした。パルタックの普通株式1株に自社の普通株式1.50株を割り当て、45,353,485株を交付している。同日商号をメディセオ・パルタックホールディングスへ改め、パルタックが通期で寄与した2007年3月期の売上高は2兆1,667億62百万円となった。

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★★★
熊倉貞武会社分割による医薬品卸事業の切り出しと純粋持株会社への移行

2009年5月15日に分割契約と合併契約を締結し、同年10月1日、メディセオ・パルタックホールディングスは吸収分割で純粋持株会社へ移り、商号を株式会社メディパルホールディングスへ改めた。承継させた資産は6,631億51百万円、負債は6,081億15百万円。同日、クラヤ三星堂を存続会社としてグループの卸売事業会社6社が合併し、商号を株式会社メディセオへ変更した。

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★★★
熊倉貞武メディパルHDに商号変更
熊倉貞武Paltacが東京・大阪両証取に上場し各市場第一部に指定
熊倉貞武丸善薬品・エバルスアグロテック・アトルの動物用医薬品事業を統合しMPアグロに改組
渡辺秀一メディエを完全子会社化
渡辺秀一アステックを完全子会社化
渡辺秀一SPLineを設立
渡辺秀一住友ファーマフード&ケミカルを完全子会社化、商号をMP五協フード&ケミカルに変更★★
渡辺秀一東七を完全子会社化
渡辺秀一プリメディカとフローラディスカバリーを完全子会社化
渡辺秀一プレサスキューブを子会社化
出典・参考

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