この一連の子会社設立は、飛び地への進出ではなく、既にある事業の隣を一つずつ埋める作業であった。仲介も、融資も、管理も、ガスも、いずれも賃貸住宅を建てた地主と入居者のあいだで必ず発生する仕事で、外部の事業者に渡していた収入を自社へ引き寄せる性格を持つ。多田勝美社長が"トータルライズ化"という言葉で説明したのは、新しい市場を開くというより、自分たちの作った市場から漏れていた分を回収するという発想であったとみられる。無借金で1,000億円規模の運用資産を抱えていたことが、その回収を一気に進めさせた。
もっとも、隣を埋め尽くした先に何を置くかは、この時期には決まっていなかった。5カ年計画の売上目標に届かなかったこと自体より、建てる会社であり続ける限り、周辺収入も新設戸数に縛られる点が重い。2010年代以降の海外不動産や介護、アセットマネジメントへの投資は、埋める対象が国内の賃貸住宅の周りには残り少なくなったことの裏返しとも読める。隣接領域をどこまで自前で持つかという1990年代の問いは、形を変えて今日の資本配分にも及んでいると推察される。