オープンハウスグループ仲介専業から自社土地仕入・建物建築への転換
- 概要
- 2001年2月、創業3年半のオープンハウスが自社新築一戸建住宅の販売を始め、同年9月には施工会社の創建ビルド有限会社を100%子会社化した。仲介手数料を得る商売から、土地を仕入れて建物を建て自社で売る戸建分譲へ事業の中身を入れ替えた経営判断である。
- 背景
- 1997年9月に渋谷区で創業した当初は新築一戸建の売買仲介が主業で、センチュリー21・ジャパンのフランチャイズ加盟店として他社物件を扱っていた。狭小地・三角地という財閥系大手が避ける用地に強みを見いだしたものの、仲介では取引1件あたりの取り分が手数料に限られた。
- 内容
- 2001年2月に自社新築一戸建住宅の販売を開始し、同年9月に創建ビルド有限会社の全出資持分を取得して施工機能を内製化した。同社は2004年8月に泊ビルド、2006年10月にオープンハウス・ディベロップメントへ商号を変え、土地仕入から設計・施工・販売までを自社グループで完結させる体制を組んだ。
- 含意
- 仲介手数料が社外に出ない分を価格に回せる構造は、狭小地に3階建てを建てて都内で4,000万〜5,000万円台の戸建を供給する後年の商品力につながった。2018年のホーク・ワン、2023年の三栄建築設計といった同業買収も、この製販一体の体制へ供給力を接続する形で進んだ。
筆者の見解
売る力から作り、売る物を後から自前化した順序
垂直統合そのものは不動産業で珍しい発想ではない。この判断で目を引くのは順序であった。多くの分譲事業者が土地と建物を先に持ち、売り方を後から工夫するのに対し、オープンハウスは街頭で客をつかまえる仲介の営業網を先に築き、そこへ流す商品を自前化した。売り先の見えている状態で用地を仕入れられるなら、在庫を抱える怖さは薄まる。創業3年半という早い時期に手数料商売を捨てられた背景には、この順序があったとみることができる。
もっとも、製販一体は利点だけではない。土地の値下がりも売れ残りも自社の損として返り、建築の人手と資材価格の変動を直接受ける。それでも同社がこの構造を保ち続けたのは、価格の決め方と敷地条件への対応を社外に委ねない限り、狭小地という選んだ土俵で戦えないと考えたからであろう。2018年のホーク・ワン、2023年の三栄建築設計と、供給力を外から買い足す判断が重なったあとも、買った会社をどう自社の製販一体へつなぐかが繰り返し検討されてきた点に、2001年の選択の重さがうかがえる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
- オープンハウスグループ 有価証券報告書【沿革】
- オープンハウスグループ 有価証券報告書(2013年9月期・連結)
- オープンハウスグループ 公式サイト「沿革」
- ポーター賞 受賞企業インタビュー(2016年)「第17回ポーター賞受賞 荒井正昭社長インタビュー」
- オープンハウス「株式会社ホーク・ワンの株式取得及び簡易株式交換(完全子会社化)に関するお知らせ」(2018年7月31日)