京王百貨店の構造改革(1994年・京王電鉄の決断)

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論点 百貨店の仕入れ体制と業態
売上高(億円)経常利益率(%)
自主MD化と専門大店化

自主MD化と専門大店化

概要

1993年6月に京王ストア社長から転じた川村六郎氏が京王百貨店社長に就任し、94年下期から、仕入れから販売までを自社で手掛ける"自主MD"への転換と、地域の客層に品ぞろえを絞る"専門大店"化を中核とする構造改革に着手した経営判断である。

背景

バブル崩壊で百貨店業界全体に地盤沈下が広がり、新宿という立地の強みだけでは競争で優位に立てなくなっていた。京王百貨店は、仕入れの大半をメーカー・問屋に委ねる従来の経営から抜け出す必要に迫られていた。

内容

スーパー出身の川村六郎氏が経営改革を主導し、紳士服PB"メンズK"の導入、自主運営売り場を4割へ引き上げる目標の提示、若年層照準の郊外専門大店"KEIO21"の出店などを進めた。

含意

改革は派遣店員の削減など摩擦を伴ったが、90年代後半には同業他社に伍する業績として結実し、2000年代にはバイヤー個人の裁量による品ぞろえ改革にまで根づいた。

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筆者の見解 どこまでが経営改革の成果か
筆者の見解

どこまでが経営改革の成果か

この構造改革の核心は、赤字による差し迫った危機対応ではなく、新宿という立地に安住してきた経営体質そのものへ、スーパー出身の経営者が外から切り込んだ点にある。

もっとも、改革が定着した決め手は経営トップの号令だけではなかったとも思える。紳士服の竹口英勝部長や婦人服バイヤーの小幡由紀氏のように、現場の担当者がデータを読み解き、仕入れ・品ぞろえの裁量を自ら引き受けたことが、90年代の掛け声を2000年代の実務へつないだ面は大きい。ターミナル立地という強みに頼れなくなった百貨店が、次にどこで稼ぐかという問いは、新宿再開発が進む今日の京王グループにも形を変えて残っている。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

参考文献
出典・参考
  • 日経ビジネス 1994年11月28日号
  • 日経ビジネス 1995年1月30日号
  • 日経ビジネス 1995年3月20日号

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