日本発條ROICとWACCの比較に基づく事業別の立て直しと政策保有株式の売却
2024年進行中資本コストを下回った専業メーカーが、事業ごとの投下資本利益率を開示して処方を分けた
- 概要
- 2024年5月27日に公表した2026中期経営計画(2025年3月期〜2027年3月期)で、日本発條は新たな経営管理指標としてROICを導入し、事業セグメント別のROICとWACCを並べて開示した。事業ごとに処方を変え、政策保有株式の売却と株主還元を計画に組み込んでいる。
- 背景
- 2024年3月期の全社ROICは6.1%で、WACCの6.3%を下回った。事業別では懸架ばね1.1%、精密部品0.6%と資本コストに遠く届かない事業がある一方、シートは20.2%と開きが大きかった。PBRは長く0.6倍程度で推移していた。
- 内容
- 目標を全社ROIC 7.0%以上・自己資本比率50%以上・配当性向30%以上に置き、懸架ばねは北米2拠点の再構築、シートは減収減益を織り込んだうえでの利益確保、産業機器ほかは化成品事業の終了と国内拠点の設備集約とした。3年間で政策保有株式150億円を売却し、600億円を株主へ還元する計画である。
- 含意
- 2026年3月期までの実績と2027年3月期予想を合わせると、政策保有株式の売却は165億円(計画比110%)に達し、株主還元は計画600億円に対し655億円となった。一方で全社ROICは2026年3月期に6.8%へ下がり、WACCの8.6%を再び下回っている。
平均を捨てて内訳を出したこと
2026中期経営計画で変わったのは、目標値の水準よりも開示の粒度であった。全社ROIC 6.1%という一つの数字では、どこに手を入れるべきかは決まらない。懸架ばね1.1%と精密部品0.6%を並べ、同じ表にシート20.2%を置いたことで、社内の議論は事業別の投下資本の話に移る。分解ツリーを歩留まり率や在庫水準まで下ろし、必要なら人事評価にも反映すると書いたのは、指標を経営企画の資料で止めない意図の表れとみられる。
もっとも、開示を細かくしても資本効率が上がるとは限らない。2026年3月期の全社ROICは6.8%で、8.6%へ上がったWACCを下回った。前倒しで進んだのは政策保有株式の売却165億円と株主還元655億円という、資本の出し入れの側であった。事業の側で見ると、懸架ばねのROICは2023年度の1.1%から2026年3月期に0.4%へ下がっている。1958年に大同製鋼から工場ごと引き取り、日本発條を国内首位に押し上げた事業である。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
資本コストを下回った全社の利益率
2024年5月27日、日本発條は2023中期経営計画の振り返りと合わせて2026中期経営計画を公表した。前計画の目標は売上高・損益と、経常利益率・ROE・配当性向という財務指標にとどまっていた。同社の説明によれば、ROEは対外的に開示していたものの社内での活用は不十分であり、株主からは資本コストと合わせて事業別のROICを使うよう求める声が多く寄せられていた。東京証券取引所も2023年3月に、資本コストや株価を意識した経営を上場会社へ要請している[1][2]。
数字は厳しかった。2024年3月期の全社ROICは6.1%にとどまり、同じ期のWACC 6.3%を下回った。投下した資本が資本コストを賄えていない。株価は近年PBR0.6倍程度で推移し、直近でようやく1.0倍程度まで戻したところであった。日本発條はこの計画で全社ROICの目標を7.0%以上と定め、レバレッジを効かせすぎないための健全性の指標として自己資本比率50%以上を併せて置いた。政策保有株式についても、純資産比率を2024年3月期の20.8%から20%未満へ下げる方針を示している[3][4]。
事業ごとに開いた投下資本の利回り
全社の6.1%という平均は、内訳を見ると意味を失う。同社が参考値として開示した2023年度の事業セグメント別ROICは、シート20.2%、DDS10.9%、産業機器ほか6.2%に対し、懸架ばね1.1%、精密部品0.6%であった。同じ会社のなかで、投下した資本が20倍の差で回っている。固定資産と棚卸資産を集計対象とした簡易な算出とはいえ、どの事業が資本を食い、どの事業が資本を回しているかが数字で並んだのは初めてであった[5]。
損益の側も同じ形をしていた。2024年3月期の実績は、懸架ばねが売上1,711億円に対し営業利益15億円で利益率0.9%、精密部品が売上945億円に対し営業利益6億円で0.7%、シートが売上3,241億円に対し営業利益191億円で5.9%、DDSが売上671億円に対し営業利益64億円で9.6%、産業機器ほかが売上1,099億円に対し営業利益68億円で6.2%であった。売上規模の大きい事業ほど利益率が高いわけではなく、順位は事業ごとにばらついていた[6]。
決断
指標を現場の作業まで割り戻す
日本発條はROICを掲げるだけで終わらせない仕掛けを計画に書き込んだ。ROICを売上高利益率と投下資本回転率に分け、さらに製造原価率・販管費率・固定資産回転率・流動資産回転率へ分解する分解ツリーを示し、歩留まり率の向上、材料費仕入単価の見直し、設備投資基準の設定と見直し、適正在庫水準の見直しといった改善策を各枝にぶら下げている。管理部門には改善策を審議する会議体を設け、必要に応じて組織体制や人事評価への反映も検討するとした[7]。
事業ごとの処方も分けた。懸架ばねは北米2拠点の黒字化に向けた再構築を柱に、売価改善と生産性改善、最適受注戦略を並べ、2027年3月期に営業利益15億円を52億円へ、利益率0.9%を3.0%へ引き上げる計画とした。シートは売上3,241億円から3,071億円、営業利益191億円から120億円と減収減益を計画に織り込んだうえで、既存ビジネスでの利益確保と後継機種の受注に向けた競争力強化を課題に挙げている。産業機器ほかでは化成品事業を終了し、国内拠点間で設備を移管・集約するとした[8]。
入りと出を3年分並べる
資金の出入りも同じ計画のなかで開示した。3年間のキャッシュインは3,100億円で、営業キャッシュフロー2,700億円に政策保有株式の売却150億円と金融機関からの新規借入250億円を足した内訳である。キャッシュアウトも同額の3,100億円とし、投資2,500億円と株主還元600億円に分けた。投資の内訳は人的資本500億円、DX 200億円、カーボンニュートラル100億円、研究開発700億円、事業投資1,000億円である[9]。
株主還元600億円の内訳は配当400億円と自己株式取得200億円で、配当性向は前計画の30%程度という目安から30%以上という目標に改めた。同社は、自己株式取得や政策保有株式の取り扱いに関する方針がそもそも存在しなかったと説明したうえで、中期経営計画で中長期の資本配分として開示することにより妥当性を示すとしている。政策保有株式の売却で得た資金の行き先を、投資と還元の両方に割り当てて見せる構成であった[10]。
結果
資本政策は前倒し、資本効率は後退
2026年5月11日の決算説明会で、日本発條は2年の実績と2027年3月期予想を合わせた3年分の見込みを開示した。政策保有株式の売却は150億円の計画に対し165億円で達成率110%、営業キャッシュフローは2,700億円に対し3,240億円で120%となり、キャッシュインの合計は3,465億円と計画比112%に達している。株主還元は600億円の計画に対し655億円で、内訳は配当420億円と自己株式取得235億円である。自己株式取得は計画200億円に対し達成率118%であった。政策保有株式の純資産比率は2024年3月期の20.8%から2026年3月期に15.7%へ下がった[11][12]。
肝心の資本効率は逆に動いた。全社ROICは2025年3月期の8.3%から2026年3月期に6.8%へ下がり、同じ期のWACCは6.1%から8.6%へ上がっている。目標の7.0%以上を割り込んだうえ、資本コストとの差は開いた。2026年3月期の連結業績は売上高8,169億円・営業利益458億円・経常利益522億円・当期純利益279億円で、前期の482億円から減益となった。特別損失115億円のうち固定資産減損損失が98億円を占め、内訳は本体の産業機器ほか事業40億円、マレーシア子会社27億円、本体の精密部品事業12億円、メキシコ子会社12億円、ハンガリー子会社5億円であった[13][14][15]。
稼ぐ場所が入れ替わったなかで
事業別のROICは順位まで入れ替わった。2026年3月期はDDSが34.8%、シートが7.6%、産業機器ほかが5.1%、精密部品が2.6%、懸架ばねが0.4%である。2023年度にシート20.2%・DDS10.9%だった関係は、2年で逆になった。営業利益で見ると、DDSの260億円が全社457億円の57%を占め、懸架ばね・シート・精密部品を合わせた自動車関連3事業の123億円を上回っている。決算説明会の質疑では、クラウド事業者からHDDメーカーへ2027年分のほぼ確定した発注計画が示され、2028年以降も継続的で力強い需要が見込まれること、数量が前年度比10〜15%伸び、この状況が2〜3年続く見通しであることが説明された[16][17]。
中期経営計画の最終年度は2027年3月期であり、本稿の時点では途中にある。同社は2027年3月期の予想として売上高8,600億円・営業利益590億円、ROIC 8.0%、政策保有株式の純資産比率14.9%を置いた。2026年3月期が計画に届かなかった要因について、決算説明会では関税の回収が2027年3月期にずれ込んだことと、懸架ばねで北米の生産台数が減少したことが挙げられている。北米拠点は2025年5月の説明会で2026年度の黒字化を目標としていた事業であり、立て直しは持ち越された[18][19]。
- 日本発条 2023中期経営計画 振り返り 及び 2026中期経営計画(2024年5月27日)
- 日本発条 2026年3月期 決算説明会資料(2026年5月11日)
- 日本発条 2026年3月期 決算説明会 質疑応答(2026年5月11日)
- 日本発条 2025年3月期 決算説明会 質疑応答(2025年5月28日)
- 日本発條 有価証券報告書(2026年3月期・連結)
- 東京証券取引所「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」(2023年3月31日)