規模追求から粗利率重視へ——大江伸治社長による2020年の再生
バーバリーを失って赤字が続くアパレルは、売上の大きさと一着ごとの利益のどちらを経営の物差しに選ぶべきか
更新:
- 概要
- 2020年5月、外部から招かれた大江伸治社長のもとで、三陽商会が売上規模の追求を捨て、粗利率と営業利益率を経営の物差しに据えた構造改革。不採算ブランド・過剰在庫・遊休資産を整理し、2023年2月期に7期ぶりの営業黒字へ転じた。
- 背景
- 2015年のバーバリー独占ライセンス喪失以降、2016年12月期から6期連続の営業赤字が続いた。社長が相次いで交代するなか、コロナ禍の2021年2月期には連結売上が379億円と前年比45%減へ落ち込み、危機は底を打った。
- 内容
- 大江社長は粗利率を最重要の指標に定め、5000品番に膨らんだ不振ブランドの品番を約4割削り過剰在庫を圧縮した。バーバリー銀座店を売却し、サンヨーアパレルを吸収合併、ポール・スチュアートの国内商標権を取得するなど資産と事業を整理した。
- 含意
- バーバリー時代の1,400億円という規模への執着を手放し、売上を600億円規模に縮めたまま安定して営業黒字を出す高収益体質へ作り替えた。規模を追わないという選択が、長い赤字を断ち切る分岐点となった。
規模を追わない、という選択
この判断の核心は、財務危機そのものへの対処ではなく、売上規模への執着を手放した点にある。バーバリーが去った後も、三陽商会は1,400億円という過去の規模を基準に売上計画を組み、そこに希望的観測や努力目標を織り込んでいた。大江社長はこの構図を反省し、規模ではなく粗利率という一着ごとの利益を経営の中心へ据え直した。量の記憶を捨てられずにいた企業が、量を測るのをやめる——そこにこの再生の転回点がある。
もっとも、規模を縮めた均衡がどこまで続くかは、これからに委ねられている。600億円規模の高収益体質は赤字の連鎖を断ち切ったが、アッパーミドル市場での成長を描けなければ、縮小均衡のまま先細る危うさも残る。売上を追わずに利益を確保する経営は、裏を返せば、伸びしろを自ら狭める選択でもある。規模と収益性のどちらを主軸に置くか——バーバリーという巨大な借り物を失ったアパレルが出したこの答えは、規模の大きさを成功の尺度としてきた業界に、静かな問いを投げかけている。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
バーバリー喪失後の6期連続赤字
三陽商会は1965年に英国バーバリーの独占ライセンスを取得し、百貨店を主な販路に売上1,400億円規模の高級アパレルへ育った。しかし2015年にそのライセンスを失うと、後継の自社ブランドは規模を代替できず、2016年12月期の営業損失84億円を皮切りに、以後6期にわたって本業の赤字を計上し続けた。3年に一度の希望退職で固定費を削る対症療法を繰り返しても流れは変わらず、杉浦昌彦社長のあとを継いだ岩田功社長も赤字を止められないまま、2019年10月に4期連続赤字の責任を取って退任した[1][2]。
コロナ禍が突きつけた底
赤字体質のまま、三陽商会は2020年に事業存続の瀬戸際へ立った。2020年1月に就いた第7代の中山雅之社長は、コロナ禍で売上が一段と細るなか、就任からわずか4ヶ月で退く。同年4月、同社は2年での営業黒字化を掲げる「再生プラン」を公表した。翌2021年2月期の連結売上高は379億円と前年比45%減、営業損失は89億円に達し、バーバリー時代の売上の4分の1近くまで縮んだ。屋台骨を失って以来の下降が、感染症の直撃でついに底を打った局面であった[3][4]。
決断
粗利率という物差し
2020年5月、第8代社長として大江伸治氏が就任した。三井物産で繊維畑を歩み、スポーツアパレルのゴールドウインで副社長を務めた外部の経営者であり、社内の生え抜きでも前任者の系譜でもない。大江社長が持ち込んだのは、売上の大きさではなく粗利率と営業利益率で事業を測る発想であった。「営業利益率10%、粗利率55%、販管費率45%の水準を達成することが一つの目標になる」と述べ、財務指標に立脚した具体的な到達点を、経営の物差しに据えた[5][6]。
物差しを変えれば、削るべきものが見えてくる。大江社長は、あれもこれもと仕入れて品番が5000にまで膨らんだ不振ブランドを「素人遊びの結果だ」と断じ、過剰な品番と在庫の圧縮に着手した。取扱品番は最終的に約4割削られた。量を追って値引きに沈む商売を避け、定価販売で粗利を確保する——「無駄な売り上げは削っていい。その勇気が必要なのかもしれません」という方針は、規模を積み上げてきた従来の発想と正面から対立するものであった[7][8]。
資産と事業の整理
経営指標の転換は、資産と事業の整理をともなった。2020年9月、同社は旗艦店だったバーバリー銀座店(SANYO GINZA TOWER)を売却する。2021年3月にはポール・スチュアートの国内商標権を取得して自社ブランドの柱を補強する一方、同月にルビー・グループ株式を手放し、9月には製造子会社のサンヨーアパレルを吸収合併して組織を絞った。大江社長はのちに、コロナ禍が「構造改革を一気に進める“劇薬効果”にもなった」と振り返り、危機が整理の実行速度を押し上げた面を認めている[9][10]。
結果
7期ぶりの黒字と縮小均衡
整理は数字となって表れた。2022年2月期に営業損失を11億円へ縮めたのち、2023年2月期には連結売上583億円・営業利益22億円・純利益21億円を計上し、2015年12月期以来7期ぶりの営業黒字を達成した。主販路である百貨店と直営店の集客が回復したことに加え、定価販売の徹底で粗利率が改善した効果であった。売上こそバーバリー時代の半分以下だが、赤字を垂れ流す体質からは脱した[11]。
黒字は一過性で終わらなかった。2024年2月期は売上614億円・営業利益30億円、2025年2月期は売上605億円・営業利益27億円と、600億円規模を保ったまま安定して営業黒字を出す構造へ移った。株価も再生の進展を織り込んで回復していった。2025年、大江社長は「アッパーミドル市場で圧倒的な存在感と競争優位性を持ったトップランナーを目指す[13]」新中期経営計画を掲げ、2026年5月に退任して第9代の平林義規社長へ経営を引き継いだ[12]。
- WWDJAPAN(2019年10月30日)「三陽商会、岩田社長が退任 4期連続赤字で引責 後任は中山取締役」
- FASHIONSNAP(2020年4月14日)「三陽商会の中山雅之社長がわずか4ヶ月で退任へ、2年で黒字化目指す再生プラン発表」
- FASHIONSNAP(2020年12月16日)「【トップに聞く 2021】三陽商会 大江伸治社長 ラブレスの不振は「素人遊びの結果だ」」
- 日経ビジネス(2024年9月6日)「バーバリーロスを克服した三陽商会 大江社長『無駄な売り上げ削る勇気を』」
- FASHIONSNAP(2023年4月14日)「三陽商会が7期ぶり営業黒字化達成、百貨店・直営店の集客が回復」
- 日本経済新聞(2025年7月14日)「バーバリーロス克服した三陽商会 大江伸治社長『情緒も努力目標も排せ』」
- 東証マネ部!(2025年10月14日)「アパレル大手三陽商会大江伸治社長が語る、危機からの脱出とIR部創設」
- 三陽商会 有価証券報告書(連結)