中期経営戦略の策定と事業ポートフォリオの入れ替え
2020年実施総合素材メーカーの「肥大化のひずみ」に、執行役社長・小野直樹はどう向き合ったか
- 概要
- 2020年3月、三菱マテリアルが小野直樹執行役社長のもとで2020〜2022年度の中期経営戦略を策定し、「事業ポートフォリオの最適化」を全社方針の柱に据えて、注力事業への集中と不採算事業の売却・撤退による事業構成の入れ替えに踏み切った経営判断。
- 背景
- 2017年に子会社の品質データ改ざんが相次いで発覚し、合併や多角化で膨らんだグループを本社が統制しきれていない実態が露呈した。総合素材メーカーとして広げた事業の収益性のばらつきも資本効率を押し下げ、2020年3月期は最終赤字に転落していた。
- 内容
- 銅加工・超硬(加工)を注力事業、焼結部品とアルミを縮小・撤退事業と位置づけ、セメントは宇部興産との統合を進めた。超硬では三菱日立ツールを完全子会社化してMOLDINOへ、焼結部品では子会社ダイヤメットを投資ファンドへ譲渡し、2022年度にROIC6%を掲げた。
- 含意
- 「規模の拡大」を旗印に広げてきた事業構成を、収益性と資本効率、そして管理可能性の物差しで選別し直す転換であった。品質不正という危機が、肥大化した事業群の絞り込みを促した点に特徴がある。
規模より、どの事業構成で強みを生かすか
この経営判断の核心は、個別の売却や買収の巧拙ではなく、事業を評価する物差しそのものを組み替えた点にある。1990年の合併以来、三菱マテリアルは「規模の拡大」を旗印に総合素材メーカーへと事業を広げてきたが、その拡大は、資源市況に揺れる収益と、末端まで及ばない統制という二つのひずみを同時に育てていた。品質不正はそのひずみを外部へ突きつけた危機であり、中期経営戦略はこれを機に、規模ではなく資本効率と管理可能性で事業を選び直す方針へと転換したものとみることができる。危機が改革の触媒となった点で、不祥事対応と成長戦略が分かちがたく結びついた判断であった。
もっとも、事業の入れ替えは痛みを伴った。撤退した焼結部品子会社ダイヤメットは、売却の直後に民事再生へ至り、譲渡先が投資ファンドであったことも含め、切り離しの後始末の重さをうかがわせた。アルミやセメントも、半世紀近く続けた事業や合併で得た事業を外部へ移す判断であり、取引先や従業員への影響は小さくない。それでも、注力事業を絞り込んで資本効率を問う姿勢は、その後の「中期経営戦略2030」やカンパニー制への移行、金属・銅加工・電子材料を軸とする専業型企業への収れんへと引き継がれていく。規模を追うより、どの事業構成でこそ自社の強みが生きるか——この決断は、危機を起点にその問いへ踏み込んだ点で意味を持つとみられる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
品質不正が露呈させたグループ統制の限界
三菱マテリアルは、1990年に三菱金属と三菱鉱業セメントの合併で発足して以降、非鉄金属・セメント・加工を三本柱に、買収と多角化を重ねて総合素材メーカーへと事業を広げてきた。その拡大の帰結として、2017年11月に連結子会社の三菱電線工業と三菱伸銅で製品検査データの改ざんが発覚し、翌年以降もアルミやダイヤメットなど複数の子会社へ不正が広がった。三菱電線工業だけでも不適合品を出荷した可能性のある納入先は229社に及び、拡大の過程で膨らんだグループを本社が末端まで管理しきれていない実態が露わになった[1]。
品質不正は一度の発表では収まらず、社内調査のたびに新たな改ざんが見つかり、企業統治のあり方そのものが問われる事態へと発展した。三菱マテリアルは合併や事業拡大を通じて多数の連結子会社を抱えるに至り、肥大化した事業ポートフォリオのなかで、経営の目が行き届かない領域に不正が潜んでいたことになる[2]。ここから、事業を絞り込み、管理できる範囲へと構成を組み替えることが、収益性と並ぶ経営上の重い課題として意識されていった。
総合素材メーカーの収益性と資本効率
事業構成の見直しを迫ったのは、統治の問題だけではなかった。総合素材メーカーとして広げた事業は、資源市況に業績が左右される製錬事業から、加工・電子材料のような成長分野まで性格が大きく異なり、事業ごとの収益性のばらつきが資本効率を押し下げていた。2020年3月期には、アルミ子会社の減損損失や自動車部品子会社の事業撤退をにらんだ損失引当金の計上に加え、期末にかけての資源安と新型コロナウイルスの影響が重なり、親会社株主に帰属する当期純損益は前期の12億円の黒字から728億円の赤字へ転落した[3]。
決断
中期経営戦略と「事業ポートフォリオの最適化」
2020年3月25日、三菱マテリアルは2020〜2022年度の三カ年を対象とする中期経営戦略を策定・公表し、二日後の3月27日に小野直樹執行役社長みずからが説明会で概要を説明した。新戦略は「事業ポートフォリオの最適化」「事業競争力の徹底追求」「新製品・新事業の創出」を全社方針の三本柱に掲げ、最終年度である2022年度に投下資本利益率(ROIC)6%を達成する目標を置いた[4]。資源市況への依存から脱し、資本効率で測って選別された事業構成へ移すことに、戦略の主眼が置かれた。
要となる事業ポートフォリオの最適化では、全事業を収益性と成長性で格付けし、注力・安定・改善・撤退へと振り分けた。銅加工事業と超硬(加工)事業を成長へ投資する注力事業と位置づける一方、焼結部品事業とアルミ事業を縮小・撤退の対象とし、セメント事業は宇部興産との統合を軸に安定事業として効率化を図る方針を示した[5]。総合素材メーカーとして横並びに抱えてきた事業を、明確な優先順位のもとで入れ替えていく構図であった。
入れ替えの具体像——超硬の強化と焼結部品の撤退
方針は、戦略の公表と前後して具体的な資本移動として動き出した。注力事業の一つである超硬工具では、2020年4月1日に、出資比率51%で連結子会社としていた三菱日立ツールの残る49%株式を日立金属から取得して完全子会社化し、同社の主力製品ブランドにちなんで社名を「MOLDINO」へ改めた[6]。取得価額は開示されていないが、金型加工向け切削工具で高いブランド力を持つ同社を完全に取り込むことで、加工事業の中核を固める狙いであった。
反対に、撤退対象とされた焼結部品事業では売却へ動いた。2020年9月29日、三菱マテリアルは焼結機械部品や含油軸受を手がける完全子会社ダイヤメットの全株式を投資ファンドのエンデバー・ユナイテッドへ譲渡することで基本合意し、あわせて事業再編に伴う特別損失の計上を公表した[7]。ダイヤメットは業績の悪化に対して資金支援を続けてきたものの収益改善の見通しが立たず、注力事業ではない同事業からは第三者への譲渡という形で退く判断が下された。
結果
ポートフォリオ入れ替えの帰結
ポートフォリオの入れ替えは、公表後およそ二年で目に見える形をとった。ダイヤメットの全株式は2020年12月4日に予定どおりエンデバー・ユナイテッドへ譲渡された。ところが譲渡完了の直後、ダイヤメットは12月21日に東京地方裁判所へ民事再生手続きを申し立て、負債総額は約578億円にのぼった[8]。品質不正の当事者の一社でもあった焼結部品子会社は、売却と再生手続きをへて三菱マテリアルグループから切り離される結末をたどった。
撤退はセメントとアルミにも及んだ。セメント事業は、2020年9月に宇部興産との全面統合が決まり、2022年4月に両社折半出資の「UBE三菱セメント」として分離された[10]。アルミ事業では、2021年11月に飲料用アルミ缶のユニバーサル製缶と三菱アルミニウムの圧延・押出事業を、米投資ファンド・アポロ・グローバル・マネジメント傘下の昭和アルミニウム缶へ負債を含め約600億円で譲渡することを決め、2022年3月末に約半世紀にわたったアルミ事業から撤退した[9]。中期経営戦略が描いた事業構成の入れ替えは、注力事業への集中と非注力事業の外部化という形で一巡した。
- 三菱マテリアル 中期経営戦略(2020-2022年度)説明会資料 2020年3月27日
- 三菱マテリアル ニュースリリース 2020年2月26日「三菱日立ツール株式会社の株式追加取得(完全子会社化)に関するお知らせ」
- 三菱マテリアル ニュース 2020年4月1日「三菱日立ツール株式会社の株式完全取得について」
- 三菱マテリアル ニュースリリース 2020年9月29日「株式会社ダイヤメットの株式の譲渡に関する基本合意書の締結及び特別損失の計上について」
- 三菱マテリアル 統合報告書2021
- 三菱マテリアル 有価証券報告書(第95期/2020年3月期)
- 日本経済新聞 2018年5月10日「三菱マテ、改ざんまた発覚 統治問われる」
- 日本経済新聞 2020年5月27日「三菱マテリアル、最終赤字829億円 1~3月過去最大、減損響く」
- 日本経済新聞 2020年12月22日「新潟のダイヤメット、民事再生法申請 負債額578億円」
- 日本経済新聞 2021年11月25日「三菱マテリアル、米ファンドにアルミ事業売却 600億円」
- レスポンス(Response.jp)2017年11月24日「三菱マテリアル、子会社で品質データの改ざんが発覚…自動車向けも」