海外4極から2極への絞り込み——インド休止とインドネシア・韓国グループの本体統合
9か月で4つの国・言語圏へ広げた事務所を、田角陸氏はなぜ3年で英語圏と中国に絞ったか
更新:
- 概要
- 2022年2月17日、ANYCOLORが、インドネシアの「NIJISANJI ID」と韓国の「NIJISANJI KR」を国内の「にじさんじ」へ統合すると発表した経営判断。前年のインド「NIJISANJI IN」活動休止と合わせ、2019年に4つの国・言語圏へ同時に広げた海外グループを、英語圏の「NIJISANJI EN」と中国の「VirtuaReal」の2つに絞った。
- 背景
- 2019年4月の中国「VirtuaReal Project」始動を皮切りに、同年7月にインドネシア、11月にインド、12月に韓国と、9か月で4つの海外グループを立ち上げた。国・言語圏ごとに別ブランドを置いて運営したため、各グループを支える体制は国ごとに分かれていた。
- 内容
- 「より強固に、より効率の良いサポート体制の構築」を理由に、ID・KRの2グループを2022年4月から国内の「にじさんじ」へ統合し、両グループの公式アカウントの更新を3月中に止めた。統合の対象から外れた「NIJISANJI EN」と「VirtuaReal」は、別グループとして運営を続けた。
- 含意
- 撤退ではなく本体への吸収という形をとりつつ、実質的には海外を英語圏と中国の2市場へ絞る判断であった。もっとも、賭けた先である「NIJISANJI EN」は2024年に四半期売上高が前年同期比40.3%減と落ち込み、絞り込みの成否が問われることとなった。
絞ることで背負ったもの
2019年の広げ方と2022年の絞り方は、同じ速さで行われている。4つの国・言語圏へ9か月で枠を置き、3年後には2つへ戻した。事業の性質を考えれば、この振れ幅は理解しやすい。VTuberの運営で必要になるのは工場でも店舗でもなく、募集と育成と権利処理を担う人の手であり、合わないと判断した市場から引くことの費用は小さい。試して畳むことを繰り返せる身軽さが、この会社の海外展開を特徴づけている。
ただし、絞ることは残した市場への依存を深める行いでもある。海外の枠を英語圏と中国の2つに減らした結果、「NIJISANJI EN」の不調はそのまま海外事業全体の不調として読まれ、市場の評価にも直結した。分散していれば目立たなかったであろう一市場の落ち込みが、集約後は会社の課題として前面に出る。効率を理由に選んだ集約が、同時に振れ幅の大きさを引き受ける選択でもあったことが、2024年以降の推移からうかがえる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
9か月で4つの国・言語圏へ
海外への広がりは、2019年に集中している。同年4月19日、いちから(現ANYCOLOR)は中国向けの「VirtuaReal Project」を始動し、デビュー後は動画共有サイトのbilibiliを主な活動の場とする方針を示した。「にじさんじ」とは別のプロジェクトという建て付けであった。続いて7月にインドネシアの「NIJISANJI ID」、11月にインドの「NIJISANJI IN」、12月に韓国の「NIJISANJI KR」と募集を重ね、9か月のうちに4つの国・言語圏へ枠を置いた[1][2]。
広げ方には一貫した設計があった。VTuberは演者の話す言語でファンが分かれるため、国ごとに別のグループ名と別の公式アカウントを立て、それぞれを独立したブランドとして走らせた。国内の「にじさんじ」で確かめた事務所の形を、各言語圏へそのまま置く組み立てである。ただしこの方式では、募集・育成・グッズ・権利処理といった裏方の仕事も国の数だけ並び、支える体制は分散した[3]。
最初に閉じたインド、同じ月に開いた英語圏
4極のうち最初に閉じたのはインドであった。2021年4月、ANYCOLORは「NIJISANJI IN」の活動を休止する。2019年11月の始動から1年5か月であり、他の海外グループが続くなかでの単独の撤収であった。市場ごとに立ち上げた枠を、成果が伴わなければ畳むという判断が、この時点で示された[4]。
閉じるのと同じ時期に、別の市場が開かれている。2021年5月、英語圏向けの「NIJISANJI EN」が活動を開始した。同じ月には商号をいちからからANYCOLORへ改め、本店も千代田区から港区へ移している。2021年4月期の売上高は76億3,600万円、営業利益は14億5,202万円に達しており、上場を1年後に控えた時期であった。閉じる市場と賭ける市場を選り分ける作業が、この前後で進んでいた[5][6]。
決断
国別ブランドをやめ、本体へ吸収する
2022年2月17日、ANYCOLORはインドネシアの「NIJISANJI ID」と韓国の「NIJISANJI KR」を、国内の「にじさんじ」へ統合すると発表した。掲げた理由は「より強固に、より効率の良いサポート体制の構築」である。統合は同年4月から実施し、両グループの公式アカウントの更新は3月中を目途に止めるとした。国ごとに別ブランドを置く方式をやめ、所属ライバーを国内本体の枠へ移す整理であった[7]。
統合は事業の停止ではなく、運営の主体を国内へ寄せる措置として説明された。報道もこの点を捉え、海外VTuber事業の一部を国内へ統合し、4月からは本体で事業を続けるものと伝えている。所属していた演者は活動を終えるのではなく「にじさんじ」の一員として続ける道が用意された。撤退という言葉を使わずに海外の枠を減らす方法として、統合という形が選ばれた[8]。
残した2つの市場
この整理で目を引くのは、統合の対象から外されたグループである。英語圏の「NIJISANJI EN」と中国の「VirtuaReal」は統合に含めず、別グループとして運営を続けると明示された。インドを休止し、インドネシアと韓国を本体へ吸収したうえで、英語圏と中国だけを独立したまま残す——2019年に4極へ広げた海外の枠は、3年で2極まで絞られた[9]。
残した2つには、それぞれ別の理由があった。中国の「VirtuaReal」は始動時からbilibiliを主な舞台とする別プロジェクトとして育ち、国内の枠に収めにくい。英語圏の「NIJISANJI EN」は2021年5月の開始から日が浅く、視聴者の母数が最も大きい市場を相手にしていた。言語圏ごとにファンが閉じるという事業の性質のもとで、独立した体制を維持する価値のある市場だけを選び直した判断であったとみることができる[10]。
結果
賭けた先の失速
絞り込みの成否は、残した市場の伸びにかかっていた。ところが2024年3月14日に公表した2024年4月期第3四半期の実績で、「にじさんじEN」の売上高は11億6,500万円と、前年同期の19億5,200万円から40.3%減った。会社は前年同期に特定のグッズが売上へ大きく寄与していた反動を理由に挙げ、今後はVTuberの支援体制を充実させて利益への貢献に取り組むと表明した。会社全体では増収増益を保ちながら、賭けた英語圏だけが縮んだ四半期であった[11]。
市場もこの点を見ていた。週刊東洋経済の2024年末の特集で、株式市場の実務家は2022年に上場したANYCOLORについて、海外事業の不振もあって株価が伸び悩んでいると評している。同じ記事では、2023年上場の同業カバーがむしろ海外で人気を集め、日本のイベントにも外国人のファンが多く参加すると対比された。海外を2極に絞った同社と、海外の伸びを買われた競合という評価の差が、上場から2年半の時点で表れていた[12]。
- ANYCOLOR 有価証券報告書【沿革】
- ANYCOLOR 有価証券報告書(2021年4月期・2022年4月期・単体)
- いちから ニュースリリース 2019年4月19日「いちから、中国へ本格進出!「VirtuaReal Project」始動!」
- ANYCOLOR ニュースリリース 2022年2月17日「海外VTuberグループ「NIJISANJI ID」「NIJISANJI KR」、国内VTuberグループ「にじさんじ」への統合に関するお知らせ」
- ITmedia NEWS(2022年2月17日)「にじさんじ運営、海外VTuber事業の一部を国内に統合 4月からは本体で事業継続」
- ITmedia NEWS(2024年3月14日)「ANYCOLOR、増収増益のプラス成長 しかし「にじさんじEN」は売上高4割減 「VTuber支援体制強化する」」
- 週刊東洋経済 2024年12月28日号「【第1特集 2025年大予測】PART1 株式・マネー 厳選銘柄 株の達人4人が選ぶ 2025年大化け期待銘柄」