直販とファブレスによる高粗利モデルの確立
1995年実施「センサーメーカーは仮の姿」——代理店を排し工場も持たず、滝崎武光社長はなぜ付加価値の高い2〜3割だけを自社で作ったのか
- 概要
- キーエンスは、代理店を介さず営業担当が顧客の製造現場へ直接足を運ぶ直販と、自社工場を持たず生産の大半を協力会社へ委託するファブレスを組み合わせ、高い粗利益を生むモデルを固めた。技術の独自性が高く付加価値の高い2〜3割の商品だけを子会社で作り、価格競争が激しく利益率の低い商品はほとんど外注する。1995年、滝崎武光社長は「センサーの専業メーカーになろうという気持ちは初めからない、これは仮の姿だ」と語り、事業領域よりも利益の継続性を判断の基準に置いた。
- 背景
- 生産工程は同じことの繰り返しで付加価値が低く、他社との差異化がしにくい。滝崎氏はそう考え、どこでも作れる商品や価格競争の激しい商品は外部の協力工場へ委託した。一方で工場の生産ラインは多種多様で、それぞれに適したセンサーを提案するにはコンサルティング営業が要る。代理店を通せば他社にない製品の価値が顧客へ伝わらないという判断から、直販を創業当初から貫いた。
- 内容
- キーエンスが子会社で作るのは、技術の独自性が高く付加価値の高い2〜3割の商品に限られる。残りは外注し、設備を持たない身軽さを保った。営業担当が直接取引先へ出入りすることで、トヨタ自動車のような大企業から数人の町工場まで幅広い現場の実情を肌で感じ取り、それが開発の生きた手本になった。原価ではなく導入効果に見合う価格を付ける値付けと合わせ、高い粗利益を生む構造を整えた。
- 含意
- 工場を持たないため、設備を遊ばせる負担がなく、有名企業から「仕事はないか」と持ちかけられることさえあった。直販・標準品・付加価値価格に外注を重ねたこの構造が、経常利益率で4割を超える高収益を支えた。滝崎氏は、環境に適応できず滅びる三葉虫や恐竜にならないよう、センサーへ固執せず利益の継続性があれば事業を変える構えを崩さなかった。
両端を常識と逆に設計した含意
この決断の含意は、販売と生産という両端をどちらも常識と逆に設計した点にある。多くのメーカーが代理店で販路を広げ、自社工場で量を作るなかで、キーエンスは代理店を排して現場へ直接入り、工場を持たずに付加価値の高い一部だけを自ら作った。売る力と作らない身軽さを組み合わせることで、原価ではなく導入効果に見合う価格が成り立ち、高い粗利益が生まれた。
「センサーメーカーは仮の姿」という言葉は、事業領域への執着を戒める自制でもあった。利益の継続性を事業内容より上に置く考えは、高収益を守る一方で、利益率の見えない新しい領域へ踏み込む判断を慎重にさせる。滝崎氏自身、3000億円の目標へ向けて次の事業がまだ見つからないと焦りを口にしていた。直販とファブレスで固めた高粗利モデルは、その完成度ゆえに、次の柱を同じ利益率で育てられるかという問いを残した。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
生産は付加価値が低く、差異化しにくい
滝崎氏は、生産工程は同じことの繰り返しで付加価値が低く、他社との差異化がしにくいと考えた。そのため、どこでも作れる商品や、価格競争が激しく利益率の低い商品は、ほとんど外部の協力会社へ委託した。自ら子会社で作るのは、技術の独自性が高く付加価値の高い2〜3割の商品に限った。設備を抱え込まず、付加価値の高いところだけを自社に残す分業が、キーエンスの生産の基本になった[1]。
直販でなければ製品の価値が伝わらない
販売の面では、キーエンスは商社や代理店を通さない直販を創業当初から貫いた。工場の生産ラインは多種多様で、それぞれに適したセンサーを選ぶにはコンサルティング営業でなければ顧客のニーズに応えられない。営業担当が直接取引先へ出入りすることで、大企業から町工場まで幅広い現場の長所短所を肌で感じ取れる点も、経営の生きた手本になると滝崎氏は考えた[2][3]。
決断
コストダウンだけならメーカーではなく製造業者
1995年、大阪市の新本社で滝崎氏は、値段を安くして量を増やす方法だけでは最悪だと語った。100かかったコストを95、90へと下げる効率は尊いが、それだけならメーカーではなく製造業者にすぎない。メーカーである限りは作り出すものに付加価値を付けて世に問うべきで、その結果として値段は従来より高くなるのが普通だという考えを示した[4]。
「センサーメーカーは仮の姿」
滝崎氏は新本社の1階に三葉虫や恐竜の化石を置いた。込めた意味は適者生存であり、環境に合わせて進化したものは生き延び、三葉虫や恐竜のように適応できないものは滅びる。キーエンスもそうならないよう、センサーの専業メーカーになる気持ちは初めからなく、これは仮の姿だという意識でやってきたと語った。利益の継続性があれば何でもやり、疑問があればやらないという判断の基準を、事業領域そのものより上に置いた[5][6]。
結果
設備を持たない身軽さ
工場を持たないファブレスは、設備を遊ばせないよう稼働を気にする負担から会社を解いた。1997年、滝崎氏は、有名な会社から「キーエンスさん、仕事はないですか」と持ちかけられることさえあるとし、自分で設備を持つ方がずっと大変だと語った。企画・開発・販売に力を注ぎ、生産は外部へ委ねる分業が、身軽な高収益体質を支えた[7]。
4割を超える利益率を支えた構造
直販、標準品、付加価値価格に外注を重ねたこの構造は、高い利益率を生んだ。1997年3月期には、生産を外注しながら540億円の売上高に対し235億円の経常利益を上げ、経常利益率は4割を超えた。付加価値の高い商品を自社で企画・開発し、価格競争の激しい商品を外注する切り分けが、身軽さと高い利益率を両立させた[8]。
- 日経ビジネス 1991年6月24日号「編集長インタビュー 滝崎武光氏[キーエンス社長]株価日本一の秘訣 顧客が気づかない需要先取り」(日経BP社)
- 日経ビジネス 1995年1月16日号「編集長インタビュー 滝崎武光氏[キーエンス社長]センサーメーカーは仮の姿 常に進化し社会変える事業を」(日経BP社)
- 日経ビジネス 1997年3月3日号「編集長インタビュー 滝崎武光氏[キーエンス社長]大企業の悪い面に学ぶ 将来考えぬ役員が規律乱す」(日経BP社)