営業利益を厚く社員へ還元する高給の人事
1991年実施「給与も日本一にしたい」——株価日本一のキーエンスは、なぜ営業利益を毎月社員へ分け、30歳で年収1000万円を払ったのか
- 概要
- 1991年4月下旬、東証・大証1部のキーエンス株は任天堂を抜いて株価日本一を記録した。飛び抜けた高収益の一部を、滝崎武光社長は社員へ厚く還元した。月ごとに営業利益の一定割合を基本給に応じて社員全員へ分配し、メーカーでも上位の給与を払う。平均年齢28歳の若い会社で30歳を過ぎれば年収1000万円に届き、滝崎氏は「将来は株価だけでなく給与も日本一にしたい」と語った。
- 背景
- キーエンスの高収益は、工場の自動化という流れに乗り、他社にない特徴のはっきりした標準品でトップシェアを取る商品構成から生まれた。滝崎氏は、付加価値の高い仕事をする社員の給料が高いのは当然だと考え、利益を数字で社員へ返すことにこだわった。事業家の第一の条件は総資産をうまく使って高い利益を上げることであり、社員へ付加価値の低い仕事しか与えられないのは最悪だという信念があった。
- 内容
- 給与の仕組みは、月ごとに営業利益の10%を基本給に応じて社員全員へ分配するもので、営業利益率の高さが報酬へ直接反映される。基本給を抑えつつ業績連動で報いる設計により、メーカーでも上位の待遇を実現した。滝崎氏は株価そのものよりも株主資本利益率や従業員1人当たり利益を重んじ、報酬を人材獲得の競争力に据えた。
- 含意
- 高い報酬で優れた人材を集め、その人材が高付加価値を生んで利益率を保つ循環が、キーエンスの競争力を支えた。営業利益連動の報酬は好不況で振れるが、後年に平均給与は2000万円を超え、給与でも上位のメーカーとして知られた。1998年には株主資本を効率よく使う企業を選ぶ日経ビジネスの企業価値創出度ランキングで3位に入り、滝崎氏が重んじた資本効率が市場からも評価された。
高収益を社員へ返すという設計の含意
この報酬制度の含意は、高収益をどこへ配るかという問いに、キーエンスが早くから明快な答えを持っていた点にある。多くの企業が利益を内部へため込むか株主へ配るなかで、滝崎氏は利益の一部を毎月社員へ返し、報酬そのものを人材獲得の武器に変えた。基本給を抑えて業績で報いる設計は、利益率が下がれば報酬も下がる緊張を社員に共有させ、利益率を守る動機を組織へ埋め込んだ。
ただし、営業利益に連動する報酬は業績の波をそのまま家計へ映す。好況期に手厚く報い、不況期には目減りする仕組みは、安定を求める人材には向かない面もある。それでも滝崎氏が株価より従業員1人当たり利益を重んじたのは、規模ではなく1人当たりの生産性で事業を測る発想の表れだった。給与でも上位という後年の評価は、その発想が数十年を経て形になったものと読める。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
付加価値の高い仕事に高い報酬という信念
キーエンスの高収益は、工場の自動化という流れに乗り、他社にない特徴のはっきりした製品を揃えたことに支えられた。クリーンルームで使えるものや超小型のものなど、正面からぶつからない特徴を持つセンサーを手がけ、競合する商品でもトップシェアを取った。滝崎氏は、付加価値を高めること自体が目的ではなく、付加価値の高い仕事をする社員の給料が高いのは当然だと考えた[1][2]。
事業家の条件は高い付加価値を社員へ渡すこと
滝崎氏は理念やイデオロギーを前面に出すことを避け、数字で勝負する事業家であろうとした。事業家の第一の条件は総資産をうまく使って高い利益を上げることであり、利益が上がらず社員へ付加価値の低い仕事しか与えられないのは事業家として最悪だと語った。報酬を厚くする発想は、この信念と表裏をなした[3]。
決断
月ごとに営業利益を全社員へ分ける
この信念を制度にしたのが、月ごとに営業利益の10%を基本給に応じて社員全員へ分配する仕組みだった。営業利益率の高さがそのまま社員の報酬へ反映されるため、社員の士気を保つ働きも兼ねた。特別な給与体系というより、収益性の高い企業がやっていることを取り入れた合理的な配慮だと滝崎氏は説明した[4]。
30歳で年収1000万円、「給与も日本一に」
1991年4月下旬、キーエンスの株価は任天堂を抜いて日本一になった。もっとも滝崎氏は、株価は発行済み株式数に左右され意味が薄いとし、経営で大事なのは株主資本利益率や従業員1人当たり利益だと淡々と語った。人材の面では、メーカーで上位の給与を払い、平均年齢28歳の会社で30歳を過ぎれば年収1000万円に届くとし、「将来は株価だけでなく給与も日本一にしたい」と述べた[5][6]。
結果
高い報酬と高い付加価値の循環
高い報酬で優れた人材を集め、その人材が高付加価値の製品を生んで利益率を保ち、その利益がまた報酬へ回る。滝崎氏は開発陣に、顧客の要望を待つのではなく、顧客自身が気づいていない潜在需要を掘り起こすことを求めた。営業が吸い上げた要望をそのまま作るのではなく、市場を先取りする開発こそが高い付加価値を生むという考えが、報酬制度と組み合わさって競争力を支えた[7]。
給与でも上位のメーカーと、高い資本効率への評価
営業利益に連動する報酬は好不況で振れるものの、後年に平均給与は2000万円を超え、キーエンスは給与でも上位のメーカーとして知られた。株主から預かった資本をどれだけ効率よく使ったかを測る日経ビジネスの1998年の企業価値創出度ランキングでは、セブン-イレブン・ジャパン、NTTデータ通信に次ぐ3位に入り、滝崎氏が重んじた資本効率が市場からも高く評価された[8]。
- 日経ビジネス 1989年5月22日号「滝崎武光社長 キーエンス 利益率2割の事業も捨てた」(日経BP社)
- 日経ビジネス 1991年6月24日号「編集長インタビュー 滝崎武光氏[キーエンス社長]株価日本一の秘訣 顧客が気づかない需要先取り」(日経BP社)
- 日経ビジネス 1998年7月13日号「本業の強さが第一 企業価値創出度ランキング」(日経BP社)