筆者の見解
早く転ぶことを、経営の資産に変える
この判断の核心は、業界で最も早く赤字に沈んだ痛手を、量から質への転換によって経営の資産に変えた点にある。長島武夫社長は、好況の利益より不況に耐える体質を優先し、コスト中心主義を品質重視へ、多角化の広がりを特化へと絞り込んだ。工場の売却と新設を組み合わせ、人員も抑えながら、質で戦える品目へ資源を集中する——派手さのない、地道な入れ替えの積み重ねが、収益力の回復を支えたのだろう。
量を追わず質を求めるこの発想は、日東紡績のその後にも通じている。1965年の赤字を機に始まった事業選別は、非繊維部門を育て、やがて綿紡績そのものを手放してガラス繊維へ絞る1990年代の構造改革へとつながっていく。何を捨て、どこへ絞るかを問い続ける経営の型が、この特化作戦のなかで形づくられたといえる。早く転んだ経験を、繰り返し立ち直るための知恵に変えられるかどうかが、素材メーカーとしての同社の課題であり続けた。
Yutaka Sugiura, 2026年7月