全方位の拡大から東南アジア集中へ——欧州縮小・パジェロ生産終了を伴うコロナ危機下の構造改革

全市場でシェアを追うか、稼げる一市場へ資源を寄せるか——加藤隆雄CEOはどこに賭けたか

更新:

時期 2020年7月
意思決定者 加藤隆雄 CEO
論点 拡大路線の清算と地域集中
概要
2020年7月27日、三菱自動車が2022年度までの新中期経営計画「Small but Beautiful」を発表し、欧州での新車開発を凍結して事実上撤退へ向かう一方、得意とする東南アジアへ経営資源を集中する方針を打ち出した経営判断。岐阜県のパジェロ製造閉鎖と主力車パジェロの生産終了を伴い、加藤隆雄CEOが主導した。
背景
2016年に日産自動車の傘下へ入って以降、三菱自は前中計で世界販売を4割増の130万台へ引き上げる全方位の拡大戦略を進めたが、台数は伸びても利益は伴わず、固定費が重くのしかかっていた。そこへ新型コロナが直撃し、2021年3月期は3600億円規模の最終赤字が見込まれる危機に陥った。
内容
新中計は2021年度までに固定費を2割以上削減し、岐阜県のパジェロ製造を閉鎖して生産能力を圧縮する。現地工場を持たずコスト高と環境規制対応に苦しんだ欧州は新車投入を止めて縮小へ向かわせ、シェアの高い東南アジアへ新型車投入や新工場建設で資源を寄せる「選択と集中」を軸とした。
含意
全市場を狙った拡大路線を清算し、規模を追わず稼げる市場に絞る小規模メーカーへの転換を選んだ判断であった。一方で収益源を東南アジア一市場に依存する構図は、その地域の変動をそのまま業績に映すもろさをあわせ持っていた。
筆者の見解

規模を追わない選択の重さ

この判断の中心にあるのは、規模の拡大そのものを目的にしてしまった前戦略への反省である。日産傘下で全市場のシェアを追った数年間は、台数こそ増えたものの利益を伴わず、固定費だけが会社に残った。コロナ危機はその矛盾を一気に表面化させ、稼げない欧州から退いて稼げる東南アジアに寄せるという選択は、限られた体力の小規模メーカーにとって理にかなった整理であったとみることができる。看板車種のパジェロを手放してまで生産能力を削った点に、拡大路線と決別する意思の強さがうかがえる。

ただ、集中は裏返せば依存でもある。一つの市場が稼ぎ頭であり続ける保証はなく、その地域が揺れれば業績もまた揺れる。技術の柱をPHVに絞り、次世代領域を連合に委ねた構図も、強みが強みであり続ける間しか成り立たない。規模を追わない「Small but Beautiful」は、選択と集中の教科書的な回答であると同時に、絞り込んだ一点が崩れたときの逃げ場をあらかじめ狭める賭けでもあった。三菱自がこの集中をどこまで深められるかは、東南アジアという土俵の変化と、連合における自らの役割の変化に、なお左右されていくとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

日産傘下での全方位拡大とその誤算

三菱自動車が拡大へ転じたのは、2016年に日産自動車の出資を受け入れ、実質的にその傘下へ入ってからであった。前回の中期経営計画では、2017年度から2019年度までの3年間で世界販売を4割増の130万台へ引き上げる目標を掲げ、得意とする東南アジアにとどまらず、欧米や中国といった大市場を含めた全方位でのシェア拡大を狙った。背景には、日産・仏ルノーとの3社連合の合計で2022年までに年間販売1400万台を目指した、カルロス・ゴーン会長(当時)の構想があった[1]

台数の目標は一定の成果をあげ、2016年度に92万台だった販売は2018年度に124万台まで増えた。だが肝心の利益は伴わなかった。研究開発費や販売促進費が膨らみ、間接部門の社員数は同じ時期に3割も増加した。2018年後半からは米中摩擦の影響などで自動車の需要自体が冷え込み始め、膨れ上がった固定費が重くのしかかった。台数を追う戦略が、収益の裏づけを欠いたまま進んでいたことになる[2]

コロナ危機と、欧州事業の構造的な重さ

拡大路線からの脱却を図ろうとした矢先に、新型コロナウイルスの感染が世界へ広がった。従来からの業績不振に販売の激減が重なり、2021年3月期は3600億円規模の最終赤字が見込まれた。これは燃費・リコール隠し問題で経営危機に陥った2005年3月期の4747億円の赤字に次ぐ水準であり、三菱自は再び存続を問われる事態に立たされた。実際の同期は、営業損益が953億円の赤字、最終損益は3123億円の赤字で着地している[3][4]

危機のなかで、とりわけ重荷になっていたのが欧州事業であった。三菱自は欧州に現地工場を持たず、日本から完成車を輸出する体制のため、構造的にコストが割高だった。加えて欧州では環境規制の強化が世界に先駆けて進み、規制対応のための開発コストがかさんだ。販売が増えても赤字が続く状態であり、全方位で市場を追う戦略のなかで、欧州はとりわけ収益改善の見通しが立ちにくい市場になっていた[5]

決断

新中計「Small but Beautiful」と欧州からの後退

2020年7月27日、三菱自動車は2022年度までの新しい中期経営計画を公表した。ここには、岐阜県のパジェロ製造を3年以内をめどに閉鎖して生産能力を圧縮すること、欧州での新車開発を凍結すること、国内外での希望退職や新規採用の抑制などによって2021年度までに固定費を2割以上削減することが盛り込まれた。膨らんだ固定費を身軽にし、稼げない市場から退くことを主眼とする、拡大路線の清算であった[6]

とりわけ欧州での新車凍結は、将来の販売撤退を意味する象徴的な内容であった。加藤隆雄CEOはこの決定について、事業は縮小する方向であり、新車開発をすべて止めているため、しばらくすると新車は出せなくなり、環境規制の強化で現行車の販売もしだいにできなくなれば「だんだん終了していくことになる」と述べた。撤退の理由は開発費の削減にとどまらず、欧州の法規に合わせる負担が東南アジア向けの開発を圧迫していた事情もあったという[7]

東南アジア「一本足」への集中

欧州を実質的にあきらめる一方で、生き残りの軸に据えたのが東南アジアであった。現地ではスリーダイヤのブランドが浸透し、タイやインドネシアでは販売シェアが日産を上回り、フィリピンではトヨタに次ぐ2位を占めていた。ピックアップトラックの「トライトン」やSUVの「パジェロスポーツ」が人気を集め、2017年に投入した多目的車「エクスパンダー」が最大地盤のインドネシアを中心に大ヒットした。同社は2019年度に、東南アジアで636億円の営業黒字を稼ぎ出していた[8]

稼げる東南アジアへ資源を寄せる方針のもと、三菱自は現地ディーラーの出店強化や新型車の積極投入、ベトナムでの新工場建設などを打ち出し、主要4カ国でのシェアを10.6%から11.4%へ引き上げる計画を掲げた。加藤CEOは、事業環境が厳しいなかで全方位の拡大戦略を取るのは現実的ではないと述べ、規模を追わずに個性を磨く「Small but Beautiful」を新中計の旗印に据えた。全市場でシェアを追う戦略から、一市場へ深く根を張る戦略への転換であった[9]

結果

パジェロの幕引きと、収益の回復

構造改革は計画に沿って進んだ。岐阜県坂祝町のパジェロ製造は2021年7月にパジェロの海外向け生産を終え、8月31日に生産活動を終了した。国内向けは2019年に生産・販売を終えており、1982年の発売以来の累計生産台数はおよそ396万台にのぼった。1943年の創業から78年続いた工場が幕を閉じ、四輪駆動車の代名詞であったパジェロは看板車種の座から退いた。約1000人の従業員は退社や他社への移籍で職場を離れた[10]

固定費の圧縮と地域の絞り込みは、業績の回復として表れた。3123億円の最終赤字を計上した2021年3月期の翌年、2022年3月期は売上高が2兆389億円へ戻り、営業損益は873億円の黒字、最終損益も740億円の黒字へ転じた。全方位の拡大でふくらんだ費用を削り、稼げる市場に的を絞った改革が、危機からの立て直しにひとまず結びついたとみることができる[11]

一極集中というもろさ

もっとも、資源を一市場へ寄せることの裏には、そのままリスクが残った。集中の弱点は、コロナ禍から需要が戻る過程で早くも表れている。トヨタやホンダが主力の北米や中国の販売回復を受けて2020年9月の世界生産を前年並みへ戻すなか、三菱自の生産は4割落ち込んだままであった。主戦場の東南アジアで感染拡大が続き、その影響を被ったためである。稼ぎ頭に絞ったことが、そのまま地域の変調を業績へ直結させる構図になっていた[12]

集中戦略を補うはずの土台も、盤石とはいいがたかった。研究開発の負担が重い次世代技術では、日産・ルノーとの3社連合に頼らざるをえず、加藤CEO自身、自動運転の技術は自社にまったくないと認めていた。連合内での三菱自の担当技術はプラグインハイブリッド車(PHV)に絞られ、その一点で存在感を示せるかどうかに生き残りが懸かる。市場を絞り、技術を絞った小さなメーカーが、絞り込んだ強みだけで立ち続けられるかが問われていた[13]

出典・参考
  • 週刊東洋経済 2020年11月21日号「崖っぷちの三菱自動車 東南アジア「一本足」の賭け」(本誌・岸本桂司/加藤隆雄CEOインタビュー併載)
  • 日本経済新聞(2020年7月22日)「三菱自動車、岐阜工場閉鎖へ 「パジェロ」生産終了」
  • 日本経済新聞(2021年8月31日)「三菱自動車「パジェロ製造」、生産活動終了」
  • 三菱自動車 有価証券報告書(2021年3月期・連結)
  • 三菱自動車 有価証券報告書(2022年3月期・連結)