この判断の中心にあるのは、規模の拡大そのものを目的にしてしまった前戦略への反省である。日産傘下で全市場のシェアを追った数年間は、台数こそ増えたものの利益を伴わず、固定費だけが会社に残った。コロナ危機はその矛盾を一気に表面化させ、稼げない欧州から退いて稼げる東南アジアに寄せるという選択は、限られた体力の小規模メーカーにとって理にかなった整理であっただろう。看板車種のパジェロを手放してまで生産能力を削った点に、拡大路線と決別する意思の強さがうかがえる。
ただ、集中は裏返せば依存でもある。一つの市場が稼ぎ頭であり続ける保証はなく、その地域が揺れれば業績もまた揺れる。技術の柱をPHVに絞り、次世代領域を連合に委ねた構図も、強みが強みであり続ける間しか成り立たない。規模を追わない"Small but Beautiful"は、選択と集中の教科書的な回答であると同時に、絞り込んだ一点が崩れたときの逃げ場をあらかじめ狭める賭けでもあった。三菱自がこの集中をどこまで深められるかは、東南アジアという土俵の変化と、連合における自らの役割の変化に、なお左右されていくとみられる。