エムスリー並行運営した2つの医療情報サイトを統合し「m3.com」へ一本化
買い集めた医師会員を二枚看板のまま育てるか、一つの入口へ束ねるか——谷村格社長の選択
- 概要
- 2003年7月、ソネット・エムスリーが社内で並行運営していた医療情報サイト「MyMedipro」と「so-netm3.com」を統合し、医療専門サイト「m3.com」として運営を始めた経営判断。医師会員を単一のポータルへ集め、その上に「MR君」以下のサービスを載せる構成へ改めた。
- 背景
- 同社は2002年3月にウェブエムディから医療情報事業を、2003年1月に親会社ソニーコミュニケーションネットワークから「MediPro / MyMedipro」を営業譲受しており、性格の近い医師向けサイトを2つ抱えていた。会員登録先が割れたままでは、製薬会社に売るべき到達範囲も割れる。
- 内容
- 2つのサイトを1つに畳み、医療従事者約14万人・うち医師約8万5,000人を擁する国内最大級の医療総合サイトに再編した。閲覧・利用頻度による順位付けを組み込み、会員ごとにカスタマイズされたトップページへ製薬会社の「MR君」メッセージを表示する構成を敷いた。
- 含意
- 買い集めた事業を並べたまま運営せず、入口を1本に絞ったことで、以後の新サービスは同じ会員基盤の上に積み増せるようになった。2004年9月の東証マザーズ上場までの増収も、この単一ポータルを土台としている。
集めることより、集め直さないこと
この判断の核心は、会員を増やしたことよりも、増やす場所を1つに決めたところにあったとみることができる。ソネット・エムスリーは自力で医師を集めるだけでなく、ウェブエムディと親会社から医療情報サイトを買い足して規模を作った。買い足しで育った会社が陥りやすいのは、譲り受けたブランドをそれぞれ残し、会員も収益も並列に管理する運営である。谷村格社長がとったのは逆の手で、看板を畳み、会員が戻ってくる場所を1枚のトップページに固定した。製薬会社に売る商品が「そのトップページの一等地」である以上、面が割れていては値がつかないという読みがうかがえる。
もっとも、入口を絞る選択は、そこが詰まったときの代替を持たないことでもある。2015年に国内医師の8割超を会員に抱えた同社は、その後も治験・人材・電子カルテ・海外ポータルと商品を積み増したが、いずれも「m3.comに医師が来ている」という前提の上に載っている。会員が別の場所で情報を得るようになったとき、この構えがどう働くかは今後の課題として残る。買い集めた資産を統合するか併存させるかという問いは、事業の入口をどこに一本化するかという問いでもあった——2003年の選択は、その関係を早い時期に示した例といえる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
「MR君」から始まった会社
ソネット・エムスリーは、2000年9月にインターネットを活用した医療関連事業を行う会社として東京都品川区に設立され、資本金は2億円であった。設立の翌月には最初のサービス「MR君」の提供を始めている。「MR君」は、製薬会社の医薬情報担当者(MR)による医師への情報提供を支える双方向のコミュニケーション基盤で、製薬会社は契約を結ぶことで、会員ごとにカスタマイズされたサイトのトップページに自社MRの顔写真入りメッセージを表示できる。医師の多忙さや病院による訪問規制で面談時間の確保が難しくなるなかで、都合のよい時間に情報を届ける手段として設計されていた[1][2]。
「MR君」が売り物になるかどうかは、そこにどれだけの医師が登録しているかで決まる。会員を自力で集めるだけでなく、同社は既存の医療情報サイトを買い足す道を並行して選んだ。2002年3月にウェブエムディから医療情報事業を営業譲受して「WebMD Japan」の運営を引き継ぎ、同年8月にこれを「so-netm3.com」へ改称している。さらに2003年1月には、親会社であるソニーコミュニケーションネットワークから医療情報サイト「MediPro / MyMedipro」を営業譲受した。3年足らずのあいだに、性格の近い医師向けサイトが社内に2つ並ぶことになる[3][4]。
二枚看板が抱えた重複
2つのサイトの出自は異なる。「so-netm3.com」は米WebMDの日本法人から引き取った医療情報事業であり、「MyMedipro」は親会社ソニーコミュニケーションネットワークが自社の「So-net」事業のなかで育てていた医療情報サイトであった。ソニーコミュニケーションネットワークは2005年3月末時点でも発行済株式の74.8%を保有する親会社であり、グループ内の医療関連資産を子会社へ寄せる動きの延長に、この営業譲受があった。買い手も売り手も同じ資本の内側にいたため、統合するか併存させるかの判断は、外部との交渉ではなく自社の設計問題として残された[5]。
会員の規模も、統合を促す側に働いた。2003年7月の統合直後で、2つのサイトを合わせた会員は医療従事者約14万人、うち医師は約8万5,000人であった。当時の国内の医師総数はおよそ25万人であり、単純に足し合わせれば3人に1人へ届く規模になる。ただし、その到達範囲を製薬会社に対して1つの商品として示せるかどうかは、会員登録の窓口が1つに揃っているかにかかっていた。二枚看板のままでは、同じ医師が両方に登録している分も、片方にしかいない分も切り分けられない[6][7]。
決断
2つのサイトを畳み、入口を1つにする
2003年7月、谷村格社長は並行運営してきた「MyMedipro」と「so-netm3.com」を統合し、医療専門サイト「m3.com」として運営を始めた。新サイトの公開は7月22日で、ドメインは他社から買い受けたものであった。営業譲受から半年、改称から1年に満たない時期の決定であり、買い足した事業をそれぞれのブランドで育てるという選択肢は採られなかった。会員規模の合算を目的にしただけの統合であれば、看板は残したまま会員データベースだけを共有する方法もあり得たが、同社はサイトそのものを1つに畳んでいる[8][9]。
統合後のサイトは、専門医療情報に特化したニュース、サーチエンジン、ディレクトリ、文献検索などを揃え、医師をはじめとする医療従事者が求める情報へ最短で届くことを設計の目標に据えた。複数の検索機能を備え、コンテンツと検索結果の多くを会員の閲覧・利用頻度で順位付けする仕組みも組み込まれている。会員が何を読んだかがそのまま並び順に反映される構造は、同社にとって医師の関心を測る計器でもあった。単一のサイトに集約したからこそ、この計測は会員全体を対象にできた[10][11]。
一本化したポータルの上に商品を積む
入口を1つにした意味は、収益側の商品設計にすぐ表れた。「MR君」は、製薬会社が契約を結ぶと、会員ごとにカスタマイズされた「m3.com」のトップページに自社MRのメッセージが載るという建て付けであり、そのトップページが2種類あっては商品として成立しにくい。医薬品卸会社向けにも同じ機能を「MS君」の名称で提供し、メッセージを読んだ医師には医学書などと交換できるポイントを付与して閲覧を促した。会員の目に触れる面を1枚に絞ったことが、そのまま製薬会社に売る枠の価値になった[12]。
統合の前後で、同じ会員基盤に載せる商品は続けて増えた。2003年2月には「MR君」上の医薬品マーケティング業務を企画から実施まで一括で請け負う「MR君 eCSO」を、同年11月にはマーケティングツール群「m3 MT」を、2004年4月には医師向け求人求職支援の「m3.com CAREER」を始めている。いずれも新しい会員を別に集める必要のないサービスで、1つのポータルに集めた医療従事者へ、別の切り口から接する商品であった。2005年3月末には年間契約を結んだ医療関連会社が41社に達している[13][14]。
結果
上場までの3年
統合の3か月後にあたる2003年10月、同社は米国ニュージャージー州に出資比率100%の So-net M3 USA Corporation を設立し、「MR君」を海外へ持ち出す準備に入った。翌2004年9月には東京証券取引所マザーズ市場へ株式を上場している。業績は、初めて連結財務諸表を作成した2004年3月期に売上高15億6,391万円・経常利益5億874万円・当期純利益2億7,901万円、続く2005年3月期に売上高22億7,649万円・経常利益8億7,212万円・当期純利益4億9,308万円であった[15][16]。
会員の伸びも続いた。統合時に医師約8万5,000人であった登録は、2005年3月末には約9.7万人となり、医療従事者では21万人を超えた。国内の医師総数25万人に対して約4割にあたる。調査分野では「MR君」の仕組みを使った「リサーチ君」が郵送やファックスによる従来型調査を置き換え、2004年10月からは医薬品処方への影響力を定量化する分析サービスの販売も始まっている。医師会員という1つの資産から、広告・調査・求人という性格の違う収入を引き出す構図が、この時期に姿を現した[17][18]。
一つの入口が10年後に持っていた意味
単一ポータルという構えは、その後も同社の事業の土台に据え置かれた。2015年3月の週刊東洋経済は、m3.comの登録会員を国内医師30万人の8割超にあたる25万人と伝え、患者の治療法を相談し合うコミュニティでは質問の9割以上に回答が寄せられると記している。同誌の取材に辻高宏取締役は、身近に相談相手の少ない医師にとってここが貴重な情報共有の場になっていると述べた。会員登録の窓口を1つに保ったことが、医師どうしの交流という、広告とは別種の滞在理由を育てる条件にもなった[19]。
収益側でも、1つの会員基盤に商品を積み増す方法は変わらなかった。2005年12月には登録医師の一部が一般の質問に答える「AskDoctors」を始め、2011年10月時点の会社説明資料では、医師パネルを使ったネット調査、非製薬向けの「QOL君」、オンライン診療予約など、少人数で立ち上げた新規事業が並記されている。同資料は、2011年度に「MR君」関連以外の国内売上が「MR君」の売上を超える見込みだと記した。2003年に入口を1本に絞った選択は、単独サービスへの依存を薄める作業の前提として働いた[20][21]。
- ソネット・エムスリー 有価証券報告書(2005年3月期)【沿革】・事業の内容・主要な経営指標等の推移
- エムスリー 有価証券報告書(2012年3月期)【沿革】
- ミクスOnline(2003年7月21日)「ソネット・エムスリー 「m3.com」きょうオープン」
- 週刊東洋経済 2015年3月20日号「【特集 絶好調企業の秘密】 独創的なビジネスモデル エムスリー サイトの会員登録医師25万人 業界の常識変えた医療情報サイト」
- エムスリー 会社説明資料(2011年10月)