LINEライブドアの63億円での買収と、検索サービス「NAVER」への取り込み

自力で作るか、買って時間を得るか——日本語検索に届かなかったNHN Japanと、事件後のライブドア

時期 2010年4月
意思決定者(推定) 森川亮 社長
論点 検索事業の立て直しと、外部資産の取得
概要
2010年4月12日、韓国NHNの日本法人であるNHN Japan株式会社は、株式会社LDHとの間でライブドア株式の譲渡契約を締結した。取得したのはLDHが保有するライブドア株式全部にあたる10万株で、取得金額は63億円。子会社ネイバージャパンが運営する検索サービス「NAVER」を強化することを目的に掲げ、月間約23億ページビューのポータルサイト「livedoor」と、事件後も残った技術者を丸ごと取り込んだ。
背景
NHN Japanにとって日本語検索は二度目の挑戦であった。2005年1月に一度サービスを終えたのち、2007年11月30日に子会社ネイバージャパンを設立し、2009年7月に「NAVER」のオープンベータ版を始めている。開始6か月の利用者は134万人で、成長は速かったものの、ヤフーとグーグルが占める日本語検索の規模には遠く及ばなかった。
内容
買収にあたりNHN Japanは、ライブドアの経営の独立性とサービスの継続、社名・ブランド名、役員・従業員の雇用を維持すると明言した。森川亮社長は会見で社名・ブランド・サービス・組織の継続を含む5項目を基本方針として掲げ、出澤剛ライブドア社長は「テクノロジーに強いこだわりがあり、企業文化や組織は非常に親和性が高い」と応じた。
含意
ゆるやかな連携は1年半で全面統合に切り替わり、2011年12月にネイバージャパンを吸収合併、2012年1月にライブドアのメディア事業を吸収分割で承継した。しかし検索の劣勢は動かず、NAVER検索は2013年12月18日に終了した。買収が掲げた「NAVER事業の強化」という目的そのものは成立しなかった。
筆者の見解

買えたものと、買えなかったもの

開始6か月で134万人という数字は、ネイバージャパンにとって速い伸びであると同時に、ヤフーとグーグルに追いつく速さではなかった。63億円は、その差を自力で詰めることを断念した金額であった。日本語検索で正面から競うのをやめ、月間約23億ページビューのポータルと、「技術のライブドア」と呼ばれた技術者を丸ごと抱える。森川氏が「ロボット型検索やナレッジプラットフォームの品質を高めたい」と語ったとおり、買ったのは検索順位ではなく、検索を成り立たせる素材と人であった。

その計算は、当初の用途では実らなかった。NAVER検索は2013年12月に終わり、リリースが掲げた「NAVER事業の強化」は成立しないまま終わっている。NAVER検索は終了し、掲げた目的は成立しないまま終わった。舛田氏の「失敗だったかもしれない」は、その結果を指している。ただ、独立を保つ条件で迎え入れた技術者と組織は、2012年1月の吸収分割を経てNHN Japanに残った。買収が何をもたらしたかは、検索の勝敗ではなく、その後この組織が何を作ったかで測るほかない。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

二度目の日本語検索

NHN Japanにとって、日本語検索は二度目の挑戦であった。韓国NHNの日本法人として2000年9月に設立された同社は、ゲームポータル「ハンゲーム」を主力としながら、親会社が韓国で首位を占める検索サービス「NAVER」を日本でも提供していた。しかしこの検索は2005年1月に終了している。再参入を決めたのは2007年11月30日で、資本金5,000万円の子会社ネイバージャパンを設立し、代表には森川亮氏が就いた[1]

ネイバージャパンが「NAVER」のオープンベータ版を始めたのは2009年7月であった。既存の検索とは競わず、利用者が自ら情報を編集する「NAVERまとめ」を中心に据え、利用者が自ら情報を編集する「NAVERまとめ」を軸に据えた。開始6か月時点の利用者は134万人で、伸びは速かったものの、ヤフーとグーグルが占める日本語検索の規模には遠く及ばない。完成間際の「知識iN」を中止した直後でもあり、2008年10月に入社した舛田淳氏は「全社員がうなだれていたんです」と振り返っている[2][3]

事件後のライブドアに残っていたもの

買収の相手方となる株式会社ライブドアは、2006年1月のいわゆるライブドア事件を経て再編された会社である。事件後、旧ライブドアは持株会社LDHとなり、事業会社としてのライブドアは2007年4月に改めて設立された。資本金1億円、代表取締役社長は出澤剛氏、従業員は360名(2009年10月現在)。ポータルサイト「livedoor」は月間約23億ページビュー、ユニークユーザー約3,000万人を数え、ニュースとブログで国内有数の規模を保っていた[4]

事件で失われたのは信用と資本であり、技術と利用者は残った。NHN Japanはリリースで、ライブドアが「厳しい環境下で、『技術のライブドア』と呼ばれる業界トップレベルの技術力を背景に」ポータルを育ててきたと記している。一方、株主LDHのもとで成長投資は絞られていた。出澤氏は買収の翌日、「前株主のLDHは新規の大規模な投資に消極的だったが、新株主の支援によって、新規投資、M&Aなどを積極化したい[6]」と語った。売り手と買われる側の利害は、この一点で重なっていた[5]

決断

63億円で買ったもの

2010年4月12日、NHN JapanはLDHとの間でライブドア株式の譲渡契約を締結したと発表した。取得したのはLDHが保有するライブドア株式の全部にあたる10万株で、取得金額は63億円である。株式会社エイシスを除くライブドアグループ各社、ジェイ・リスティング、ADWIRES、ライブドアキャリアも同時にNHN Japanグループに入った。株式譲渡の実行は5月10日を予定し、完全子会社化は6月に完了している[7][8]

リリースが掲げた目的は一つに絞られていた。「事業拡大、特に子会社であるネイバージャパン株式会社が運営する検索サービス『NAVER(ネイバー)』事業を更に強化・推進していく」ことである。森川氏も翌日、「ユーザー参加型のコンテンツが多いライブドアとサービスを連携することで、NAVERのロボット型検索やナレッジプラットフォームの品質を高めたい[10]」と述べた。自力で6か月かけて134万人を積み上げる速さに対し、3,000万人が使うポータルを一度に抱えたほうが早いという判断が働いたとみられる[9]

独立を保つという条件

買収にあたり、NHN Japanはライブドアの独立を先に約束した。リリースは「ライブドアの経営面における独立性、現サービスの継続性を保ちつつ、同社の社名・ブランド名、および役員・従業員の雇用は維持する方針」と記す。森川氏は会見で、社名・ブランド・サービス・組織の継続、現在の運営ポリシーに沿った運営、現常勤取締役の留任、従業員の雇用継続、さらなる成長の支援という5項目を基本方針として掲げた。買う対象が技術者と運営組織である以上、この約束は取引条件そのものであった[11][12]

買われる側の受け止めも近かった。出澤氏は会見で、NHN Japanについて「テクノロジーに強いこだわりがあり、企業文化や組織は非常に親和性が高い」と述べ、「今後は短期的に収益が悪化したとしても、ライブドアもしくはNHNグループの成長につながるサービスを作っていきたい」と語った。森川氏は同じ席で「ハンゲーム、NAVER、ライブドアにおいて強力なコミュニティを抱えている」とし、これらを結んで「日本最大のインターネット企業を目指す」と述べている[13][14]

結果

ゆるやかな連携から、全面統合へ

独立を保つ約束は、1年半で組み替えられた。2011年11月7日、NHN Japan、ネイバージャパン、ライブドアの3社は経営統合を発表する。存続会社はNHN Japanで、森川氏が引き続き社長を務め、ウェブサービス本部の代表には出澤氏が就いた。実務の順序としては、2011年12月にネイバージャパンを吸収合併し、2012年1月にライブドアのメディア事業を吸収分割で承継している。法人としてのライブドアは消滅せず、株式会社データホテルへ商号を変更した[15][16]

統合しても、検索の劣勢は動かなかった。2013年11月22日、会社はNAVER検索の終了を発表し、12月18日をもってPC・スマートフォンの全デバイスでWeb検索・ニュース検索を停止した。NAVERブランドは「NAVERまとめ」に集約され、経営資源はまとめとLINEに向けられた。買収から3年半で、63億円が掲げた目的そのものが消えたことになる。舛田氏は後年、この買収を「我々のスキル含めて、上手く生かすことができなかった。失敗だったかもしれない[18]」と評している[17]

出典・参考

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