THKの源流は、創業者の寺町博氏が一度は社長の座を失った経験にある。寺町博氏は1924年生まれで[1]、独自のニードルベアリングを武器に日本トムソン株式会社を上場企業へと育てた経営者だった[2]。ところが1970年7月、寺町博氏は個人会社[3]である大一工業の名義で小豆の商品相場に投機し、相場の大暴落で約6億円の損失を出す。さらに日本トムソンが大一工業へ営業目的で貸し付けた資金を投機に流用していたことが明るみに出て、上場企業の社長にあるまじき行為だとの非難が集中し、社長辞任に追い込まれた。当時の新聞は『商品相場で社長転落』と[4]報じている。
指弾を浴びた寺町博氏は、しかし腐らなかった。翌1971年4月、寺町博氏は東京都目黒区に東邦精工株式会社を設立する[5]。47歳での再起であり[6]、本人にとっては第二の創業だった。辞任で味わった怒りと意地が再起のバネになったと[7]、当時を伝える取材記事は記している。会社の方から迎えに来ると考えていたがそうはならず、寺町博氏は誰も手をつけていない機械要素部品を自分で売り、その需要を一から起こす道を選んだ。既にある市場で競うのではなく、世になかった市場を自分の手で立ち上げるという発想であり、本人のモットーは『今を最善に』だった。
再起した寺町博氏が膨らませていた新製品の着想が、現在の主力であるLMガイドだった。1972年4月、東邦精工は主力製品となるLMガイドとボールスプラインの販売を開始する[8]。当時の機械の直線運動部はすべり案内が主流で、レールとブロックが面接触するため摩擦が避けにくく、NC装置向けには位置決め精度に難があった。鋼球を使うボールブッシュ方式はレールと点で接触するため、重い工作機械を載せるには強度が足りなかった。寺町博氏は鋼球がぴったりはまる溝をレールに刻んで線接触に変え、高荷重に耐える実用的なころがり方式の直動案内『LMガイド NSR・BC型』を他社に先がけて製品化[9]した。ボールブッシュ方式に比べ、荷重は13倍、寿命は2,210[10]倍に達した。
1973年に本格発売を始めると、LMガイドはすべり摩擦の摺動面に比べて摩擦が桁違いに小さく、機械の位置決め精度[11]を飛躍的に高める部品として機械技術者から大きな反響を呼んだ。1978年に米国大手工作機械メーカーのマシニングセンターに採用[12]されたことが評価を決定づけ、受注に弾みがついた。LMガイドは工作機械・半導体製造装置・産業用ロボットの標準部品へと広がり、寺町博氏が一から起こそうとした直動案内の需要が現実のものになった。似た製品を出す競合は現れたが、品質で戻ってくる顧客を背景に、THKの直動案内製品は高い市場シェアを保った。
LMガイドは発売後も改良が重ねられた。1981年には荷重を四方向で受けるHSRシリーズを発売し、レール上下の角に45[13]度でボールが接触する設計と、レール6面を同時に切削する独自の加工装置によって、ねじれを伴う複雑な動きにも対応した。後継のSHSでは樹脂製のリテーナーでボールを数珠[14]つなぎにして接触を避け、精度を高めると同時に騒音を抑え、産業用にとどまらず民生機器への展開の可能性も開いた。1999年時点で、THKのLMガイドは国内で約7割[15]、海外で約6割の市場シェアを占めるに至った。
市場が立ち上がるとともに、寺町博氏は製品群と生産・販売網を広げた。直動部品では1979年にボールねじ、1982年にXYテーブル[16]、1987年にインテリジェントアクチュエータ、1998年にリニアモータと、直動部の運動制御に必要な周辺要素を相次いで製品化した。海外では1981年3月に米国シカゴでTHK Americaを設立し、1982年10[17]月には西ドイツ・デュッセルドルフにTHK Europe(現THK GmbH)を構えた。国内でも山口工場・山形工場などLMガイド専用拠点を新設し、台湾・中国・アイルランド・オランダへも販売・製造の足場を順次配置した。1984年1月には商号をTHK株式会社へ変更[18]する。Toughness、High Quality、Know-howの頭文字[19]を冠した社名であることは、後に寺町彰博氏が説明している。
1989年11月、THKは株式の[20]店頭公開を果たした。寺町博氏にとって株式公開は、需要が何十倍にも広がる世界市場でシェアを確保するための資金調達の手段だった。設備投資と海外販売網の拡張には個人資金では限界があり、開発投資に危険が伴う設備産業として、有利な資金調達の体制を整える必要があるというのが寺町博氏の考えだった[21]。創業時に日本トムソンから合流した部下へ将来の上場を約束していたとも伝えられる。店頭公開で得た資金と知名度を足場に、THKは直動案内の世界市場での地位を固めた。
1997年、寺町博氏は社長を退き、長男の寺町彰博氏が第2代社長[22]に就いた。承継した時点のTHKは、LMガイドで世界シェアトップを握る直動案内の専業メーカーへ成長していた。寺町彰博氏は就任直後の1998年から2000年にかけて受注・生産・物流を見直す業務改革を進め[23]、半導体や工作機械の需要変動に耐える体制づくりに取り組んだ。寺町博氏は社長退任後も会長として経営に関わり、その後フジフューチャーズの代表を務め、2012年9月11日に88歳で死去した[24]。一度は社長の座を追われた創業者が、世になかった市場を一代で立ち上げ、世界トップへ育てた歩みだった。
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|---|---|---|---|---|
| 1971〜1997年寺町博氏の第二の創業による直動案内という新市場の創造と海外展開 | 東邦精工を設立 | ★ | ||
| LMガイド・ボールスプラインの販売を開始 | ★★ | |||
| 宮入バルブ製作所と共同出資でテーエチケーを設立 | ★ | |||
| テーエチケーから製造部門を買収し甲府工場に | ★★ | |||
| ボールねじ製造販売を開始 | ★★ | |||
| シカゴにTHK Americaを設立 | ★ | |||
| 商号をTHKに変更 | ★ | |||
| 東洋精工を吸収合併し三重工場・山口工場を新設 | ★★ | |||
| インテリジェントアクチュエータ製造販売を開始 | ★ | |||
| THKの株式店頭公開による世界市場向け資金調達体制の構築 1989年11月、THKは株式を店頭公開した。創業者の寺町博社長は、直動案内の潜在需要が世界で何十倍にも広がるとみて、その需要を取りにいくための設備投資と海外販売網の費用を株式市場から賄う体制へ切り替えた。 詳細を読む | ★★★ | |||
| 山形工場を新設 | ★ | |||
| アイルランドのPGM Ballscrewsを買収 | ★ | |||
| 中国・大連THK瓦軸工業を合弁設立 | ★ | |||
| 寺町彰博 | 寺町博氏が代表権のない会長に退き、長男の寺町彰博氏が代表取締役社長に就任 | ★★ | ||
| 寺町彰博 | オハイオ州にTHK Manufacturing of Americaを設立 | ★ | ||
| 1998〜2018年東証一部上場と輸送機器事業への業容拡大 | 寺町彰博 | リニアモータ製造販売を開始 | ★ | |
| 寺町彰博 | エンジスハイムにTHK Manufacturing of Europeを設立 | ★ | ||
| 寺町彰博 | リテーナ入りローラーガイド製造販売を開始 | ★ | ||
| 寺町彰博 | 中国・THK無錫精密工業を設立 | ★ | ||
| 寺町彰博 | THKによるリズム買収と輸送用機器事業への参入 2007年5月31日、THKは自動車部品メーカーのリズム(静岡県浜松市、旧旭精工)の株式等100%をカーライル・グループ等から125億89百万円で取得し、子会社化した。産業用機器一本だった事業構成に、輸送用機器という二本目の柱を置く判断であった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 寺町彰博 | THK RHYTHM THAILANDを設立 | ★ | ||
| 寺町彰博 | THK常州汽車配件を設立 | ★ | ||
| 寺町彰博 | THK RHYTHM MEXICANAを設立 | ★ | ||
| 寺町彰博 | ボールジョイント製造開発部門をTHKリズムに会社分割で統合 | ★★ | ||
| 寺町彰博 | インド・THK Indiaを設立 | ★ | ||
| 寺町彰博 | THKによるTRW Automotiveの欧米L&S事業の譲受 2015年8月31日、THKはTRW Automotive(当時ZF Friedrichshafen AGのグループ企業)から欧州および北米のリンケージ アンド サスペンション(L&S)事業を譲り受けた。取得原価は現金493億30百万円で、2007年のリズム買収の4倍近い規模となった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 2018〜2026年コロナ・米中摩擦下の構造改革と寺町崇史氏への承継 | 寺町彰博 | 東京証券取引所プライム市場へ移行 | ★ | |
| 寺町崇史 | 寺町崇史氏が代表取締役社長に就任、寺町彰博氏は代表取締役会長CEOへ | ★★ | ||
| 寺町崇史 | 日本ベアリング桐生を完全子会社化 | ★ | ||
| 寺町崇史 | THK LM SYSTEM THAILANDを設立 | ★ |
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事実根拠:出所(THK)