青山商事創業50周年を機にミスターミニットを買収しスーツ依存からの脱却をはかる

縮む国内スーツ市場のなかで、稼ぐ力をどこへ移すか——146億円を投じた靴修理事業の取得

時期 2015年11月
意思決定者(推定) 青山理 社長
論点 スーツ以外の収益源の獲得
概要
2015年11月27日、青山商事が靴修理・鍵複製の「ミスターミニット」を運営するミニット・アジア・パシフィックの全株式と新株予約権をユニゾン・キャピタル等から取得すると発表し、同年12月に完全子会社とした経営判断。買収金額は146億円であった。
背景
1世帯当たりのスーツ年間支出額は1991年の1.9万円から2017年の5217円へ落ち、クールビズや団塊世代の退職が需要を細らせていた。2014年5月に創業50周年を迎えた青山商事は、中期経営計画「CHALLENGE 2017」でM&Aによる事業領域の拡大を掲げていた。
内容
ミニット社は日本国内に約300店、豪州・ニュージーランドに約250店を持ち、2015年3月期の連結売上高は113億1200万円であった。総合リペアサービス事業が新しい報告セグメントとして加わり、この期の貸借対照表には120億円ののれんが計上された。
含意
買収後のミニット社日本事業は人材育成投資が先行して営業損失が続き、2020年3月期に日本事業ののれん54億円を減損した。スーツ以外への収益源の移し替えという狙いは残り、リペア事業そのものはグループ内に残っている。
筆者の見解

買ったものは事業か、時間か

この買収でいちばん目を引くのは、年商113億円の会社に146億円を払い、120億円ののれんを立てた価格の付け方である。靴修理と鍵複製は、店が小さく、在庫を持たず、人の技能が売上に直結する商売で、郊外に150坪の店を構えて完全買取仕入で回してきた紳士服チェーンとは、収益の作り方がかなり違う。店舗運営と人材配置のノウハウは共通するという説明は成り立つが、その共通項が価格差を埋めるほどのものであったかは、後年の営業赤字と減損を見る限り断じにくい。

とはいえ、この決断を失敗の一語で片づけると見落とすものがある。1世帯のスーツ支出が四半世紀で4分の1になる市場で、本業の改良だけを続ける道は残っていなかった。青山商事は自前の新業態、他社の看板を借りるFC、そして事業ごとの買収と、使える手を順に試している。2027年度までに売上の4割を他事業で、という目標は今なお達成されていない。稼ぐ力をどこへ移すのか——2015年に投じた146億円は、その問いへの答えというより、答えを探す時間を買った支出であったとみることもできる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

価格競争を抜けた先に待っていた需要の細り

紳士服チェーンのスーツ単価は1990年代から下がり続けていた。青山商事とAOKIの単価は1990年代初頭に約4万円あったが、仕入先を国内から中国へ移した低価格攻勢と同業間の競争で下落し、2000年代初頭には各社がツープライス業態を立ち上げ、2着目1000円といったセールが常態になる。平均単価は2万4000円台まで落ちた。反転の兆しが出たのは2010年ごろで、青山商事の2013年春夏物のスーツ平均単価は5年ぶりに2万5000円を超えている[1][2]

単価が戻っても、買う人の数と回数は戻らない。総務省の家計調査による1世帯当たりのスーツ年間支出額は、1991年の1.9万円が2000年に1万円、2017年には5217円とピークの約4分の1まで落ちる。少子高齢化による労働人口の減少と職場のカジュアル化が主因で、2005年に始まったクールビズと団塊世代の退職の影響が重なった。市場そのものが縮んでいる以上、スーツを安く大量に売る仕組みをいくら磨いても、伸びしろは限られる[3]

創業50周年に掲げた「CHALLENGE 2017」

青山商事は2014年5月に創業50周年を迎え、翌2015年の決算説明会で新しい経営理念と中期経営計画「CHALLENGE 2017」を示した。三つの柱のうち二つ目に置かれたのが積極的な事業領域の拡大で、「安定的なビジネスポートフォリオ」の構築という言葉のもと、アメリカンイーグル事業と海外・FC事業の売上拡大に並べてM&Aによる事業領域拡大が明記されている。計画期間の到達点として、連結営業利益270億円、ROE7%、総還元性向130%目処が掲げられた[4][5]

本業以外への進出そのものは、この会社にとって新しい試みではなかった。1994年にカジュアル専門店「キャラジャ」、1999年に青山キャピタルを設立してカード事業、2010年に住金物産との合弁でアメリカンイーグルアウトフィッターズのFC、2011年に物語コーポレーションのFCとして「焼肉きんぐ」等のフードサービスと、青山商事は20年ほどのあいだに複数の領域へ出ている。ただ、いずれも自前で立ち上げるか、他社の看板を借りる形であった。100億円を超える対価で事業ごと買う手は、それまでのやり方と規模が違っていた[6]

決断

146億円でミニット・アジア・パシフィックを取得する

2015年11月27日、青山商事はミニット・アジア・パシフィックの発行済株式と新株予約権のすべてを投資ファンドのユニゾン・キャピタル等から取得し、完全子会社にすると発表した。譲受は同年12月16日の予定であった。ミニット社は「ミスターミニット」の名で靴・かばんの修理や鍵の複製を手がけ、日本国内では駅構内や商業ビルなどに約300店、豪州とニュージーランドに約250店を構える。2015年3月期の連結売上高は113億1200万円であった[7][8][9]

買収金額は146億円であった。この期の青山商事の貸借対照表には120億円ののれんが計上されており、年商113億円の会社に売上高を上回るのれんが付いた計算になる。青山商事は取得の理由を、ミスターミニットの提供するサービスを取り込むことで、強みを持つスーツ分野に加えてアフターケア・グッズ分野の事業を広げられる点に置いた。日本経済新聞はこの買収を、収益基盤の多角化と海外市場の開拓を同時にねらう手として報じている[10][11][12]

買収と並行して進めた業態の拡張と株主還元

ミニット社の取得は単発の手ではなかった。2016年2月にはカスタムオーダー店「ユニバーサル ランゲージ メジャーズ」1号店を渋谷神南に、レディース専門店「ホワイト ザ・スーツカンパニー」1号店を新宿に開いている。同年4月には雑貨・インテリアショップを運営するWTWの全株式をバルスから取得した。本業の内側では客層と売り方を細かく分け、外側では衣料と関わりの薄い領域を買う。2つの方向が同時に動いていた[13]

手元資金の使い道は投資だけに向かわなかった。「CHALLENGE 2017」では株主還元方針を改め、それまで定めていなかった還元方針を、連結総還元性向130%目処・配当性向70%目処へ切り替えている。計画の3年間で実施した自己株式取得は約215億円にのぼり、2018年11月には自己株式500万株を消却した。買収に146億円を投じながら、同じ期間にそれを上回る額を株主へ戻していた[14][15]

結果

新セグメントは加わったが、利益は出なかった

買収の効果は売上高にすぐ表れた。連結売上高は2015年3月期の2217億円から2016年3月期に2402億円へ増え、総合リペアサービス事業が新しい報告セグメントとして加わる。ただ、利益は付いてこなかった。ミニット社の純売上は2018年3月期125億円、2019年3月期128億円、2020年3月期122億円と横ばいで、営業損益は3期とも5億円の赤字であった。2020年3月期は時計修理や合鍵複製が伸びた一方、婦人ヒールの売上低下が加速している[16][17]

会社は赤字の理由を人材育成への先行投資に置き、2019年度の黒字化を見込んでいた。印鑑作製や時計修理といったサービスを増やし、駅構内など人の集まる立地へ出店を進めるという筋書きである。当時の青山商事は売上高の7割強がスーツ関連で、2027年度までに売上高の4割を他事業で稼ぐという目標を掲げていた。財津伸二常務執行役員は、スーツだけで持続的な成長は難しく、今後も新規事業のメニューを増やす可能性があると述べている[18]

のれん54億円の減損と、残った問い

黒字化の見込みは実現しなかった。2020年3月期、青山商事は市場環境の激変を受けて損益計画と所有資産の内容を見直し、総額200億円の資産損失を計上する。内訳は青山商事本体の減損損失34億円と85店舗分の事業構造改革費用27億円、イーグルリテイリング解散に伴う事業整理損失85億円、そしてミニット・アジア・パシフィックの日本事業ののれん減損54億円であった。買収時に付いた120億円ののれんのうち、日本事業分がここで落ちている[19]

この期の連結売上高は2177億円、営業利益は8億円まで縮み、親会社株主に帰属する当期純損失は169億円となった。中期経営計画「CHALLENGE Ⅱ 2020」は取り下げられている。翌2021年3月期には新型コロナウイルスの影響が重なり、青山商事は不採算店舗の統廃合と創業以来初の希望退職に入る。ミスターミニットの事業自体はグループに残り、その後も総合リペアサービス事業として決算に載り続けた[20][21]

出典・参考

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